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まちづくりチョビット推進室
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まちづくりチョビット推進室

京都府地域力再生活動
京都三条ラジオ・カフェ(79.7MHz) にて、
『まちづくりチョビット推進室』という番組を下記の予定で放送中です。
放送日時は第3、第4土曜日(15:30~16:00)
(詳細はラジオカフェのページでご確認下さい)
『まちづくりチョビット推進室』は、
「京都市景観・まちづくりセンター」と、平成25年、26年度の間、共同企画で行っておりました。
   
  過去のアーカイブ(第1回~116回)はこちら をご覧下さい。(過去の記事のリンクについては切れている場合があります。ご了承下さい。)
 

最新記事

第179回 ・置きベンってなぁに?~まずはいっぺん座ってみようぜ!

ラジオを開く

小: 小畑 あきら 氏(ソッカ株式会社 ジェネレーター)
絹: 絹川 雅則(公成建設株式会社)
    (小畑 あきら 氏)

 

絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た元気なまちづくりびとのご紹介や、その活動の最新のエピソードをお伝えしております。いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
さて、今日のゲストは実はご近所さんなんです。上京区、ブライトンホテルの正面玄関の対面にお住まいです。ご紹介いたします。“対話之町京都ヲ目指ス上京”の代表と言いますか、ジェネレーターと言いますか、小さな畑と書いて小畑(おばた)あきらさんでいらっしゃいます。小畑さんよろしくお願いいたします。
小: はい。“対話之町京都ヲ目指ス上京”の小畑です。よろしくお願いします。
絹: なんと、聞く所によると、小畑さんは昨日もこのスタジオで“KYOTO HAPPY NPO”でしゃべっていらっしゃるとか。なんかすごい偶然で、ダブルヘッダーで来ていただきました。ありがとうございます!
小: いえいえ、こちらこそ。ありがたいです。
絹: 実はリアルでは今日、初対面なんです。その前にモニター上で、ズームで、小畑さんがなさっている“対話之町京都ヲ目指ス上京”主催で解読会を体験しました。僕らになじみのある言葉では輪読会と言いますか。
小: そうですね。輪読会とか、読書会とも言いますね。
絹: 読書をネタに短い対話を、他の参加者がどういう風な事をしゃべられるか聞くことに重きを置いた読書会という、変わった手法をお取りになっています。そこで出会ったという、それがバーチャルな出会いです。
リスナーの皆さん、ごっつうおもろいことをしておられる人なんです。ということで、小畑さんがなさっている“置きベンプロジェクト”について、今日は語っていただこうと思います。ですから今日の番組タイトル、テーマについて、先ほど打ち合わせをしたのですが、小畑さん、ご自身の口からどうぞ。
小: はい、じゃあ、今日の番組タイトル、テーマ「置きベンってなあに?」ということですね(笑)。
絹: 私の口からももう一度、「置きベンってなあに?~まずはいっぺん座ってみようぜ!~」と題してお送りいたします。では、そもそも「置きベン」とは何なのでしょう。手元には素敵なチラシがあります。“オキベン ベンチ置くだけプロジェクト”という文字が踊っておりますが、まずは“置きベン”について教えてください。何が一体起こっているのでしょうか。
 

■エピソード1 置きベン? いったいなにが起こっているの?

●まずはベンチに座ってみてください
小: はい、ありがとうございます。まちづくりチョビット推進室に呼んでいただきました。まちづくりに僕はずっと関わって来なかったんですけど、なので“置きベン”というのがフライヤーと共に一人歩きしています。ラジオをお聞きの皆さん、もし京都ブライトンホテルの前をお通りの際は、ブライトンホテルの前に置いてあるので座ってみてください。ベンチのことです。
絹: ベンチ…。
小: はい、ベンチが置いてあるだけです(笑)。ベンチがホテルの向かいに置いてあるだけなので、良かったら、ちょっと座ってみてくださいということです。“ベンチ置くだけプロジェクト”という名前がついています。本当にその通りで、ベンチが置いてあるだけなので、お車で通りがかった時には、ちょっと見てやってください。
絹: これはラジオですので、言葉で説明するしかないんですけど(笑)、キリンビールの大きいビール瓶のケース、黄色いやつありますよね、それをコテンと2つ逆さにして、上に木の板を渡してあるだけですよね。
小: だけですけども、上京とか京都市内とかに置いていまして、ご高齢の方などが(僕もそのうちそこへ入っていくわけですけども)、足腰が悪くなって腰掛ける時に外れたら怪我をされますから、もうガチガチにつけてありますから、ひっくり返るというような事故は起こらないように考えています。
 

●毎週月曜日の午前中、ベンチを作っています

絹: それで先ほど教えていただいたのですが、毎週月曜日の午前中、小畑さんはご自身の事務所の前でこのベンチをつくり続けておられると。
小: そうですね。ほぼ用事がない限り、毎週月曜日の午前中、ブライトンホテルの前でコツコツベンチを作っています。ボランティアで手伝いに来てくださる方もいらっしゃいますけど、付近を歩いておられる方も「何をしてるんや?」という感じで見て行っていただいてます。
絹: “置きベン”のチラシの裏を返しますと、「座る」という大きい文字が書いてあって、「置きベンってなあに?」というところをちょっと読ませていただきます。
     “コンビニまでもう少しやけど、ちょっと座りたいなあ。
    荷物が重い、ちょっと休憩したいなあ。
    ちょっと座って、ボーっとしたいなあ。
    そんな風に思ったら、ちょうどいい所にベンチがある。
    いつでも自由に座れるベンチがまちの中にたくさんあると、
    ちょっと暮らしが良くなると思いませんか?
    ボーっとしながら、ただまちを眺めるもよし、
    通りすがりの人と挨拶を交わすだけでもよし、
    井戸端会議のようにおしゃべりもよし、
    ベンチからの眺めを味わってみてください。”
と書いてあるんです。これを最近、“ベンチを置くだけプロジェクト”を短くした“置きベン”というワードが小畑あきらさん曰く、一人歩きしていると。
 

●置きベンと子どもたちと…

小: 結構、「知っている方は知っている。でも僕は誰も知らない」みたいなね、そんなことになっていますけれども(笑)。
絹: ところがですよ。なぜ僕が小畑さんにゲストに来てほしいとお願いしたかと言うと、最近私の周りで3人の人から「小畑あきらさんて面白いよ」と聞いたんです。違う人からですよ。3人から聞いて、これは何かあるかもしれへんと、思わされてしまいまして。
で、このベンチを置こうと思い立たれたそもそもの事、情報としては第一号機はブライトンホテル京都の真ん前にあると。それから毎週月曜日の午前中は仕事がなければベンチを作っておられると。作っておられると、通りがかりの小学生が「おっちゃん、何してんのお?」と。そんなことが当たり前に起きていると。今は暑いけど、気候の良い時はベンチで宿題を始めたりすると。
小: すごいですよねえ。子どもたちは。
絹: これって、最近始まったことなんですか?
 

●置きベン、そもそもの始まり

小: そうなんです。実はこの“対話之町京都ヲ目指ス上京”という団体は、上京区民まちづくり活動支援事業の対象事業に指定していただいていまして、去年「対話の文化祭」というのをやりたかったのですが、残念ながらコロナでできなかったので、ベンチをまちに置いたらどうだろうというご意見をいただきまして、それで去年の9月から実際にベンチを置く活動をしています。
絹: 去年の9月からか。すみません、気が付かなかった。いやあ、前は通っていたんですよ。私の自宅は烏丸一条ですから、歩いて5分もかかりませんから、いやあ、しくじったなあと思ったけど、実は最近、“置きベン”の事がヤフーニュース等で大きく取り上げられたりして、色んな人の目に留まるようになっていると。注目されているんですね。なんでこんなに注目されるんでしょう?
小: たぶん皆さん、ベンチを置きたいとか、座りたいとか、潜在的に思っていらっしゃるんじゃないかと僕、思うんですよね。だって、なかなか座る所がない…。まあまあ、あるんですけどね。探せばあるんですけど。
なかなか座る所がなくなってきているようなきらいもありますし、地域でなかなかお話をする場というのも、このコロナで、特に独居の御老人とか、家の中にいなあかんみたいなことで、出歩かなくなったりしていますよね。
あとは昨今、気軽に挨拶したら、PTAのLINEで「怪しい人がいますよ」みたいなのが流れるとか、聞いたことがあったりして、挨拶1つなかなかできなくなりつつあるなと感じていたんです。
 

●置きベン効果 誰かわからないけどおしゃべりできる

小: ところが実際“置きベン”を置いてみると、座っていて「おはようございます」と言ったら、結構皆さん挨拶していただけるんですよね。通りすがりに知らない人に「おはようございます」は言いにくいし、言って無視されたら傷つくな…みたいなのもあるんですけど、何かね、“置きベン”に座っていて「おはようございます」と言うと、皆さん会釈していただくし、「おはようございます」と言ってもらえますし、だいたい3回くらい挨拶できたら、4回目くらいはあちらの方から声を掛けて頂いたりするんです。例えばおばあちゃんとかに、他の道端で会ったり、コンビニエンスストアで会った時に、ちょっと手を振ってあげるんですよ。もうそれで友達ですね。もういっぱいしゃべっていただけるので、何か誰かわからないけど、おしゃべりができる。そんなことを体感しています。
 

■エピソード2 広がる、広がる置きベンの輪

●ご協力いただける方が増えてきました
絹: ずっと作っておられると、先ほどおっしゃっていたじゃないですか。ボランティアの人も来ると。で、小畑さんのFacebookページを覗きに行くと、「ベンチの材料、あったらちょうだい」みたいな書き込みがあったり、「良い木、いただきました!」とかって、書いてありますよね。
小: そうなんですよ。“置きベン”というのが一人歩きしていて、本当に材木屋さんとかも非常に熱心に応援していただける方もいらっしゃって、実はさっきも「ちょっと使えるかどうかわからんけど、持っていくわ」という電話をいただいたり、本当に協力して下さる人が出てきていただけて、うれしい限りです。
絹: この写真、小さいところですけど、小畑さんの事務所の前に木がいっぱい立てかけてあって(笑)。
小: そうなんですよ。すごいですよねえ。たぶん思うんですけど、「ベンチ、ええな」と思ってくれはったんでしょうね。ありがたいことです。本当に。
絹: 潜在的に、多くの人たちの心の中に「ベンチみたいなやつ、欲しいな」って、思ったはると。で、たぶん堅苦しい言い方になりますけど、ベンチが何かを象徴してるみたいに感じてしまいます。
 

●うっかり出会う場をつくりたい―地域の中の集合性として

小: そうですよね。分断・分裂した社会とよく言われますけど、本当に個々がバラバラになっていますから、何かのイベントとか、何かのグループで集団をつくるというのは皆さんやっておられると思いますけど、地域の中の集合性ですよね。うっかり集まれる場所?
絹: あ、小畑さんの使われる言葉で、初めに僕の頭に刷り込まれたのは、「うっかり参加してしまった皆さん」とかって、他の方が使う「うっかり」と小畑さんの使う「うっかり」って、違うんですよね。『ああ、そうか。自分はうっかりと小畑さんの読書会にきてしまったんや』と(笑)。リスナーの皆さん、この「うっかり」の語感、イイ感じがしません?
小: うっかりですよねえ、これは僕のオリジナルじゃないんですけど(笑)、でもなんかいいですよねえ。示し合わせて何時にどこじゃなくて、うっかり挨拶ができるとか、そういう地域の中の井戸端会議というのがね、昔あったと思いますけど…。縁側も昔あったし、バッタン床几もありましたし、ああいうものがもう活用されないと言いますか、そもそも縁側がなかったり、井戸がなくなったりということで、人と人がうっかり出会う場所の装置として“置きベン”というのは、非常に有効かなというのは、置いてみて感じていますね。
絹: 話題になっている材木屋さんが「使って」と来られるということは、私のとこにも置かせて下さいという申し出があるということですね。
小: これ、基本的に歩道に置いたら怒られるので、ご自宅の敷地内で道路に面している所ということにはなりますけれども、そういった感じで共感していただけて、置いていただけるところ、もし「うち、置きたいな」ということがあったら、「ぜひ、いっぺん座りに来てください」ということですね。
 

●“チーム上京!”さんのこと

絹: 置きベンマップみたいなものに成長する可能性があって(今、勝手な思い付きですけど)、「あれ、置きベン、ここにも置いてはるの?」みたいなことになってくると、なんか楽しそうやなあ。
小: “チーム上京!”さんというのがおられまして、過去に「座れる所を地域の中で探そう」というイベントをされていたので、置きベンに限らず座れる所があったらうれしいですよね。そういうマップも今後できたら楽しいですよね。
絹: 実はその“チーム上京!”さんもお呼びして、ここのスタジオでしゃべっていただこうと画策をしておりましたが、コロナの第7波で「ちょっと待って」みたいな感じになりましたけど、“チーム上京”の方々からも小畑さんの名前を聞きました。“チーム上京!”は、“おれんじサロンひと・まち”と、認知症カフェの参加者からスピンアウトしたとか。
あ、そうだ!小畑さんに関係あるとしたら、足立はるおさんと言って、認知症の当事者の方が地域に居場所が欲しいというので、 “チーム上京”の人たちと交流が始まって、置きベンは足立はるお邸にも置いてあるということです。
小: 実はブライトンホテルの前が第一号なんですけど、その次ですね。そういう意味では本当の第一号は足立邸に置かせていただいてますね。
 

●置きベンがつなぐ縁

絹: これもリアルではなく、バーチャルですけど、Facebookのホームページかどこかで足立はるお邸の前にベンチが置かれて、上京区で“珈琲男団”というコーヒー好きのおじさんたちが、コーヒーを淹れに行くぞということをやっていらっしゃって、ベンチの付近で皆さんとコーヒーを飲んで談笑されている写真を見たことがあります。
小: 屋台を作っておられる方もいらっしゃいますし、コーヒーをやっておられる方もいらっしゃいますし…。
絹: 屋台と言えば、上京朝カフェの石﨑さんと違いますか?
小: そうですね。皆さん、色々な活動をされている、僕は残念ながら今までそういう方たちとの繋がりがなかったんですが、置きベンが繋いでくれているという感じですね。
絹: リスナーの皆さん、先ほども申しましたが、最近私の知り合いの3人から同時に、「小畑さんって、知ってる?面白いで!」と言われたと。これはなんかあると思ったら、やっぱりなんかありました。
小: ありがとうございます。
絹: それで今その置きベンは何個くらい嫁入りしてるんですか。
小: 一応8個くらいは探せばあるとおもうんです。
絹: 既に8個も!
 

●“自主ベン”も発生しています

小: はい、探してください(笑)。それから“自主ベン”というのもありまして、賛同された方が「うちにあるのを自前で出します」という所もあるんです。
絹: 学生時代の早ベンならぬ、自主ベンですね(笑)。
小: なのでこういう置きベンがたくさんできたら、そこで皆さんと対話ができればいいなと思って、そういう対話というのも、広めていきたいなと思っています。
絹: ハードルが低い、参加しやすい形でものすごく上手に工夫されたものが置きベンだと感じていまして、大上段に振りかぶって高邁な理想を語る前に、ただ座れと(笑)。「一緒に座ってみませんか?」と。
こうやってお聞きしていると、非常に奥行きの深いものを感じておりまして、対話というものにこだわっていらっしゃいますし、我々がこの越し方、色々分断分断で、僕自身もハサミで色んな関係をチョキチョキされて育ってしまった。昔の僕らの御先祖さんの時と、ちょっと違うのとちゃうかと。色々暮らしにくいとか、生きにくいという言葉が出てますけど、それにはチョキチョキハサミが関わっているのと違うかと、勝手に思っていた部分があるんですよ。その辺、小畑さんも実は同じように思っておられるんだなと、ちょっとずつわかってきました。
小: ありがとうございます。
絹: その分断をベンチという非常に作りやすいと言うか、アクセスしやすい方法で、なんとか接着し直そうとかかっていらっしゃる方が、小畑あきらさん。それも“対話之町京都ヲ目指ス上京”というチームを率いてらっしゃる。
小: そうですね。まずは上京から。最終的には京都が対話の町になればいいなと思っています。
 

■エピソード3 ベンチのその次へ ~ 対話がもたらすもの

●オープンダイアローグを学んでみませんか
絹: この先、対話について一緒に学びませんか?と、ベンチの次は対話ということを標榜されております。オンラインでの読書会、結構真面目な読書会なんです。で、ちょっと聞きなれない言葉かもしれませんけど、「ひきこもり」・「まちづくり」・「自殺希少地域(自殺が少ないエリアについて)」・「支援者支援」・「対話オープンダイアローグ」・「リフレクティングプロセス」などのキーワードにピンときた人は是非、オープンダイアローグについて学んでみませんかということです。
小: 是非!「オープンダイアローグ」は統合失調症の人が対話で治るというフィンランドで30年の実績があるものです。対話については、今皆さん「対話はいいよね」という認識はあると思いますが、そういう病気が治るような対話があるわけです。そういうものを皆さんと一緒に学んで増えていくベンチで、誰かわからない人と対話ができたりしたら、さっき言われたチョキチョキ切られた私たちがちょっとずつ繋がりを回復すると言いますか、やっぱり人って、孤立すると危ないですからね。だから僕は今、日本がそっちの方に向かっているような感じもしていているんです…。
 

●住宅の形とダイアローグがコラボをすれば…

絹: そっちに向かっている片棒を担いでしまった建設業者の1人が私でした。と言うのもワンルームマンションのお仕事を頂戴したら「へえ、おおきに」と言っていますし、オートロックのマンションで、お隣さん、上階の方下階の方、どなたが住んでいるか挨拶もようしまへんというような建物も、正直つくってまいりました。それって、あんまり良くないですよねえって、建設屋が言ったら、石が飛んできそうですよね。
小: いえいえ、でも先ほど、この打ち合わせで絹川さんから聞かせてもらったコレクティブハウス、これはスウェーデンらしいですけど、オープンダイアローグはフィンランドで、リフレクティングプロセスというのはノルウェーなんです。これ、住宅の形とダイアローグというのがコラボすると、非常に強力に地域を復活させると言うか、生きやすい、孤立しないまちづくりというのを、すごく可能性を感じましたね。
絹: 今、とんでもないお話が出ております。とても30分で収まりきらない広大なテーマになってきましたので、また小畑さんにはシリーズ化するかもしれませんので、その時はよろしくお願いします。
小: いえいえ、私でよければ(笑)。
 

●対話についてのイベント、10月15日に開催します!

絹: このベンチから始まる、チョキチョキから繋がると、対話と、治療的効果とか、みんなが元気になるかもしれない対話の仕方を目指すための、さらなるワルダクミのイベントを用意しておられます。この10月の15日。
小: 土曜日です。場所は西陣織会館。
絹: もうすでに会場を押さえておられるわけですね。ちょっとこれ、説明していただけますか。
小: 西陣織会館の4階、112坪のイベントホールを借りちゃいました。理由はコロナ対策、これだけ広かったらなかなか中止にはならないかなと思いました。あまりに広すぎるので、色んなゲストには来ていただくのですが、京都の上京でまちづくり・地域づくりに頑張っておられる方のプレゼンテーションの場ということですね。何かフリーマーケットみたいな感覚で出ていただける、タダで出展していただける、タダで来場していただける、そういうものを今、企画しています。
 

●森川すいめいさんも来られます!

絹: 私も屋台と言いますか、いっそテーブルで「コレクティブハウジング広めませんか?」みたいな形で参加しようと思いますし、椅子やベンチがぐるっと車座に並んでいて、そこに座って勝手に対話が始まる、「なんでも話して!」みたいなフリートークスペースが用意されています。そしてゲストがまた、綺羅星のごとく、一部の皆様にはものすごいという、僕は森川すいめいさんという精神科医を知らなかったのですが、一冊本を読んで度肝を抜かれました。すごい人です。オープンダイアローグの日本の第一人者という触れ込みです。
小: そうですね。ご本人、来られます。
絹: これまたホームページとか、関連のデータを付けておきますので、是非アクセスしてください。置きベン、手作りのベンチを置こうぜというところから始めていらっしゃる。それも去年の9月から。その方に今すごく注目が集まっています。上京区の住人であらせられます。なぜなんでしょう。我々の無意識に共通に何かチョキチョキされてきて、これ以上チョキチョキされ続けたらまずいんちゃう?というところに小畑さんの置きベンがガチっと心を掴んでしまったのかもしれません。是非、小畑あきらさん、“対話之町京都ヲ目指ス上京”このチームにご注目ください。
この番組は心を建てる公成建設の協力と京都市景観まちづくりセンターの応援でお送りいたしました。
投稿日:2022/08/18

第178回 ・船岡山公園を中心としたコミュニティを作りたい~フラット・エージェンシー&St Monakaの挑戦(ワルダクミ)

ラジオを開く

岡: 岡山 泰士 氏(株式会社 一級建築士事務所 Studio Monaka 代表)
今: 今津 新之助 氏(株式会社 一級建築士事務所 Studio Monaka 取締役/経営企画)
絹: 絹川 雅則(公成建設株式会社)
        (左:今津 氏  右:岡山 氏)

 

絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た元気なまちづくりびとのご紹介や、その活動の最新のエピソードをお伝えしております。いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
さて、今日のゲストはお若い男性お二方をお呼びしております。株式会社一級建築士事務所 Studio Monaka 共同代表 岡山泰士さんです。
岡: はい。よろしくお願いします。
絹: 岡山さんとはひょんなご縁で、前に勤めていらっしゃった設計事務所が設計された保育園を、蜂ヶ岡で施工させていただくというご縁の方なのですが、偶然再会しています。
それからもう一方、同じく株式会社一級建築士事務所 Studio Monaka の取締役でいらっしゃる今津新之助さんです。今津さん、よろしくお願いいたします。
今: よろしくお願いします。
絹: そして今津さんはSWL(SOCIAL WORKERS LAB)という所のディレクターでもあらせられます。さてさて今日はどんな話が展開いたしますか。
あ、今ちょっと悪だくみを思いついた(笑)。岡山さん、タイトル覚えています?
岡: 覚えてるっちゃあ、覚えています(笑)。
絹: ゲストづかいの荒い司会です。ゲストにタイトルコールを頼んでしまおうと思いつきました。ではタイトルをお願いします。
岡: 「船岡山公園を中心としたコミュニティを作りたい~フラット・エージェンシー&St Monakaの挑戦(ワルダクミ)」
絹: さあ、リスナーの皆さん、どんな話になりますか。乞うご期待であります。
ゲストづかいが荒いの第二弾です。他己紹介、今日のゲストお二方の人となりをリスナーの皆様に少しだけ開陳していただこうと思います。
Studio Monaka 共同代表の岡山さん、パートナーの今津新之助さんとは、いかなる人物ぞ、短く述べよ。
岡: 簡単に言うと、超絶お節介なお兄さんでございます(笑)。Monakaの組織デザインと言うか、チームのデザインをメインにやってくれている方です。
絹: 取締役/経営企画とあります。ありがとうございます。
そして今津新之助さん、今度は攻守交替であります。共同代表 岡山泰士さんとはどんな方ですか?
今: 岡山がよく言われているのは、「よくしゃべる人」なんですけれど、僕は「情に篤い人」だなと思っているんです。あとは人々の動きをつくっていくというか、関わりながら動きをつくっていくということを、本当にスーッと一緒にその人とやってしまうというのがすごいなと思って、いつも見ています。
絹: 先ほどの事前の打ち合わせの中でも、「伴走車(共に走る人)」というキーワードが出ておりましたね。そんな方なんですね。
それではお二方にマイクをお渡しして、船岡山公園を中心としたコミュニティをつくりたいというワルダクミ、エピソード1に入ります。では最初に口火を切っていただくのは、よくしゃべる共同代表 岡山さん、お願いいたします。
 

■エピソード1 船岡山公園の新しい在り方を考える

●それは京都市の公募からはじまった
岡: まず我々が何をしようとしているかからお話したいと思います。場所は京都市の船岡山公園という史跡になっているところです。応仁の乱の時に陣が敷かれていた山があるのですが、そこの中にあった公園管理事務所を活用しながら、公園の新しいあり方とか、使われ方とか、そこを中心に新しい関りをつくるということを、京都市の公募提案に提案させてもらって、使わせていただくことになり、今その運営のチャレンジをしている所です。
絹: リスナーの皆さん、イメージしてください。船岡山公園です。ある人に言わせると「すてき!」、また別の人に言わせると「UFOの穴場」、ある人にとっては「懐かしのデートスポット」、そして近隣の人たちにとっては「素敵な遊歩道があったり、ラジオ体操のメッカ」であったりと、色んな場所です。歴史のある場所です。そこの公園管理事務所が長らく空き家になっていたんですね。そこをどういう風に活用しようかというアイデアを募るため、京都市のみどり政策推進の公園の担当部署が公募をかけました。「誰かこれ、料理して!」、「ハイ」と手を挙げたのが、フラット・エージェンシーとStudio Monaka のチームだったというわけです。他にもライバルはいたんですか?
岡: 僕らはとりあえず盲目的に手をあげちゃったので(笑)、特にライバルとかそういうことは考えませんでした。たまたまフラット・エージェンシーもSt Monaka も船岡山公園エリア周辺を拠点にして活動していて、ちょうど我々も千本北大路(せんきた)の施設が解体されることもあって、次にどこに行こうかと考えた時に、ちょうどその公募がかかったわけです。
 

●船岡山公園のStudio Monaka の拠点に行ってきました

絹: おおー、これは壮大な偶然かもしれません。あるいは意味のある偶然かもしれません。
番組をつくるにあたり、最低一度でも現場を踏まねばと思いまして、短時間ではありましたが、船岡山公園のSt Monaka さんの拠点を、この間訪問させていただきました。その報告を短くリスナーの皆さんにさせていただきます。
どういうんでしょうか、若き設計者たちのコワーキングスペースというだけではなくて、何か若いエネルギーが渦巻いているように感じました。そして色んな相談事、ワルダクミが持ち込まれやすい場所、そしてもちろん未完成でありますし、広い、まだ使えてない倉庫なんかもあるし、パッとふすまを開けたら猫ちゃん部屋!で、猫が「にゃー」とねんねしている部屋まである。はたまたソーシャルワーカーズラボのインターン生たちも寄って、出たり入ったりするし…。
びっくりしたのは「こんなん初めてです」と今津さんもおっしゃってましたけど、佛教大学の学生たちが「フィールドワークですねん」と、「ここ、何したはるんですか?」と入ってきましたね。本当に生き生きとしたエネルギーが生まれつつある場所、そういう肌感覚がして帰ってまいりました。その場で思わず「ゲストに来ていただけませんか?」と交渉をしてしまいまして、今日に至っております。
さあ、船岡山公園で公園を中心としたコミュニティをつくりたいとのこと。その中で公園管理事務所の広さだとか構造を軽く説明していただけませんか?
 

●僕らの拠点はこんなところです

岡: 公園管理事務所自体は6年前に統廃合されて、空き家になった施設でして、だいたい200㎡くらいの鉄筋コンクリート二階建の建物です。ちょっと変わっているのは、斜面地に建っているので、1階と地下一階なのか、1階と2階なのかわからない、ちょっと特殊な構造で、道路面から見ると2階建てに見えたり、1階建てに見えたりという、そんな建物です。その建物の敷地内の奥にもう1つ50㎡くらいの倉庫がありまして、そういった空間をこれからどのように活かしていくのか実験者としてこれから運営をしていこうというものです。
絹: リスナーの皆さん、のべ200㎡、結構広いです。駐車場もありますし、車は4~5台入れられたかな。その奥にシャッターに閉ざされた50㎡の倉庫がある。斜面に建っていると。なんか、いろいろワルダクミできそうな素材や思いません?ここにどれだけの色んな人が集まって来るのか想像したら、楽しくなってきます。
 

■エピソード2 

●フラット・エージェンシーという会社
岡: 今回共同で一緒に出させてもらっているのは、フラット・エージェンシーさんという会社です。京都の北のエリアを特に拠点として展開されている((京都市内全域で展開されているのですが)フラット・エージェンシーさんとどのように繋がって、なぜこんなことになったのかについてお話したいと思います。
絹: フラット・エージェンシーさんをご存知のない方のために、短く捕捉を入れさせていただきます。私、絹川の個人的な見解ですけれども、京都の不動産屋さんの中で私が最も信頼を置くお客様と近い不動産屋さんのお1人であられます。社長は吉田創一さんといわれる方です。そしてもはや不動産屋さんの域を飛び越え始めているフシがあるチームです。
岡: 本当におっしゃる通りで、京都の北区エリアでも、例えば広場みたいな空間を空き地活用して使われていて、本当に色んな取組をたくさんされています。今回我々も一緒にさせていただくわけですが、ソーシャルな動きを北区の中でされている、本当にキープレイヤーと言えます。
絹: ここでまた腰を折ってしまいますが、少し捕捉をいたします。
リスナーの皆さん、新大宮商店街というのをご存知でしょうか。北大路大宮上ルからある商店街ですが、一時期元気のなかった商店街が、最近は妙に元気になっています。是非訪れてみて下さい。それを仕掛けたキーマンの1人が、フラット・エージェンシーさんです。
そして空き広場については、京都市高度技術研究所傘下のソーシャルイノベーション研究所SILKの連中に教えてもらいましたけど、わざわざ空き家を潰して広場にして、儲からないのに(笑)。でも広場でセンターハウスだけ残して、テストキッチンを入れて、キッチンカーなんかが停まれる駐車スペースだとか、イベントができるようにした。こういう勇気のあることをする商店街があるの?という商店街です。
 

●橋渡しはSILK(京都市ソーシャルイノベーション研究所)

岡: そうなんです!僕らからすると、すごくソーシャルな領域で活躍されていて、不動産屋さんと言っていいのかわからないくらいの活躍をされている方と、今回船岡山公園というきっかけがあって、ご一緒させてもらうことになりました。
というのもその前段で、SILKさんというソーシャルイノベーション京都というチームには、これから面白くなっていくソーシャルな企業を、京都市内でマッピングするプログラムがあって、ちょっと前に僕らも取り上げてもらいました。それを見てもらっていたと思うんですけど、今回新しい公募があるなかで、「こんな物件がある!」とたぶん彼らの中でもピンときたんでしょうね。フラット・エージェンシーと若手のソーシャルなことをやっている所が繋がって、公園をやったらおもろいんとちゃうかと思ったみたいです。で、「今回、こんな公募が始まったけど、どう?」とお声掛けいただいて…。
絹: ソーシャルイノベーション研究所の引き合わせ。なるほど。それでその面白い企業のマッピングを手伝っていたとおっしゃいましたね。それは例えば千年先も残っていてほしい企業だとか、また別のチームかもしれませんが、ホワイト企業対象選別だとか、そんな風にブラックの反対側の企業さんをマッピングしようということですね。うちはホワイトではなく、だいぶグレーなので(笑)、マッピングしてもらえないと思いますが。ありがとうございます。面白いなあ。
岡: そんな中、これまでもフラットさんとは繋がりはあって、例えばフラットさんがやっている修学館という面白いシェアハウスだったり、なんとなく薄い繋がりはあって、いつかいつかとは思うものの、なかなか出会いがなかったのですが、今回「船岡山公園にこんなんがあるよ」ということで、お引き合わせいただいて、そこですごく話が盛り上がったんです。
 

●建築家は社会の営みをつくるもの

岡: 自分たちもこの段階においては、ソーシャルなことはしていきたいし、建築家としても社会の営みをつくるというのはすごく重要な宿命だと思っていたので、公共の場を運営していったり、可能性を広げて行ったりするのは、僕たちの仕事だと思っているところはあったわけです。
絹: リスナーの皆さん、今、すごく大切な事を岡山代表はさらっと語られました。建築家は社会をつくる営みをつくるものだと。ハードをつくるのみにあらずと。こういう思いで建築設計をしている人というのは大切かもしれません。
社会をつくる営みというのは、説明しにくい、平仮名化しにくいのですが、役に立ちたいと…。今、カタカナ用語でソーシャルという言葉を使われましたが、実はソーシャルという言葉は、我々のように還暦過ぎの人間にはわかりにくい言葉ではあります。これを敢えて無理やり平仮名化しますと、「世のため人のためになりたいという思い」をカタカナ化するとソーシャルという、この翻訳、間違ってます?
岡: 間違ってないと思います。僕らが建築家の視点から見ると、建築はただかっこいいものができて、それがあればいいというのではなく、その中にある生活や活動や関係がそこで生き生きと生きることで建築が活かされてると思っていて、それをちゃんとデザインしたいと思っています。もちろん箱だけつくれば、それは生まれるかもしれないけれども、そうではなくて、そういった場を一緒につくっていけるような建築家でありたいし、そういったことを含めた事が建築家の職責であると思っているんです。
絹: 深いなあ。そしてコミュニティデザインという言葉が出ました。取締役である今津新之助さんは、SOCIAL WORKERS LAB のディレクター、あるいは創業者でもあり、専門はコミュニティデザインですか?
今: そうですね。人と人との関係づくりとか、そういうことはやってきたのかなとは思います。
 

●皆さんは福祉と言うと、何を想像されますか?―SOCIAL WORKERS LABO の活動のこと

絹: 今津さんがSOCIAL WORKERS LAB を率いてらっしゃるという形で、中心メンバーであって、しかもStudio Monaka の取締役でもあると。その辺り、SOCIAL WORKERS LAB とはそもそも何ぞやのところから、少しコメントいただけるとありがたいです。
今: 皆さんは福祉と言うと、もしかすると障がいをお持ちの方やお年寄りの方とか、お子さんに関わることだと思われやすいのではないかと思います。でも福祉はもうちょっと広い概念で捉えられるのかなと思っていまして、僕たちが日々生きるうえでベースとなっている生活そのものが福祉と言ってもいいのではないか。別に福祉と言わなくてもいいんですが…。いわゆる福祉を学んでいる京都の大学生とか、全国の大学生の皆さんだけではなくて、これからまちづくりとか、自分たちの日々の生活をよくしていきたいとみんな思っていると思うんです。SOCIAL WORKERS LAB では、そういう人たちが現場に関わっていくことを通して、福祉という概念を拡張したり、まちづくりに取り組んでいったり、自分自身を形づくっていったりという機会をつくりたいと思いまして、大学生とか若い世代と一緒にやっている活動になります。
絹: 一回ではさらっと翻訳しにくい動きですけれども、今津さんが語られた言葉のなかで、すごく大切な事があります。
まちづくり。これも以前「まちづくりという言葉は嫌いだ」と自分自身で言っていた時期もありまして、でもまちづくりはハードのみにあらず、人と人との関係性を紡ぐものもまちづくりの範囲にあるというふうに、やっと60過ぎてわかってきました。
福祉は誰にとっても自分ごとです。狭い今までの福祉のところから、この若い人たちは福祉という言葉を周辺領域、特にまちづくり領域にお拡げになっているフシがあります。そういう方が設計事務所と、SOCIAL WORKERS LAB 共に率いていらっしゃって、船岡山公園という史跡の公園を中心としたコミュニティをつくるんだと。ということは、今以上にそこに人が集まって来ることを目指していらっしゃる。それが京都市の狙っていることであると。
「公園が公園で遊んでいる(要は誰も遊んでいないこと)」という悪口を言われないように、公園を核にしたコミュニティが生まれ出るとするならば、これから船岡山公園で起こりうる近未来というか、どんなことが起こったら素敵だなと思っていらっしゃいますか。
 

■エピソード3 公園の仕組みづくり これからのこと

●公園内にキッチンカーを出したいけれど…
岡: 今まず進めていること、ハード的な事でもソフト的な話で言うと、どうやったら公園を使えるかという仕組みづくりをどんどん進めて行っています。公園を使いたいけれども、どう使ったらいいかわからないという声がたくさんあると思うんです。
例えば「公園の中にキッチンカーを出そうと思ったら、そういった申請がいるの?」という疑問があると思うんですけど、通常やろうと思っても、公園内で営利目的の活動はできないんです。それをしようと思っても、まずできないということに対して、今、社会実験中ということもあり、我々と一緒に組むと公園の中で色々な営利事業ができるというように、要は公園がただ公園という場ではなくて、色んな商いとか、生活の源をつくる場にできるということです。そのための導線づくりみたいなものをしていて、これまでなら二週間くらいかかる申請を、三日程度で出せるような実験的な運用を始めています。
そうすると「明後日の天気が良いから、この辺りにお店を出してみようね」みたいなことを、まずはキッチンカーを皮切りに、次のステップは“小商い”と枠を広げていって、少しずつ公園の中で何かができる状況をつくっていくという仕組みづくりを今始めています。
絹: 面白い!今津さんの口から今のところに補足はありますか?
 

●公園を開きたい ― 地域の皆さんと一緒に

今: 岡山はそういう枠組みや面白い企画をどんどんやっていく人なんですけど、僕の方からは今まで4月5月6月と第3日曜日に公園開きのイベントのようなことをさせていただいているんですけど、船岡山公園は楽只学区と紫野学区の本当にすぐそばにある公園なので、そこで暮らしているお父さんお母さんとか、おじいちゃんおばあちゃんとか、色んな方が集まってこられます。
そういう方々は公園をもっと良くしたいとすごく思っていらっしゃって、でもどういう風にして関わったら良いのか、今まで思いはあるけど、実際に自分たちが公園を良くして行けるとはなかなか思えなかったわけです。でも一緒になってやっていこうという方々がたくさんいらして、それがすごくうれしいなと思いますし。僕たちは事務所を貸してもらって、そこの公園を開こうとしているんですけど、地域の皆さんと一緒に頑張っていきたいなと思っています。
絹: 今津新之助さんの口から大切なキーワードが語られました。今、私の耳に残ったのは、公園を開いていきたい。“住み開き”という言葉があります。自分の家を自分の家族だけで住んでいるのではなく、ある時間を限って、玄関先を開けたり、縁側に人を招いたり、はたまた一番簡単なのは玄関の脇にベンチを一個置いて、夏の暑い時に麦茶のポットを置くだけ。それでも“住み開き”になります。要は「来ないで」じゃなくて、「来てもいいよ」と。
そして今津さんのコメントの中でもう1つ大事だったのは、「公園を近所の人たちがもっと良くしたい思いがあって、相談する先やどうしたらいいのかわからなかった」そういう人が寄ってきて知恵を拾うというソフトを、この方たちは丁寧につくりこもうとしていらっしゃるフシがあります。
実は船岡山公園の近所に知り合いがいるんです。“小商い”という岡山さんが語られたキーワードに関してですが、就労支援施設で作るような手芸品とかがあるじゃないですか。「絶対“小商い”の所にそういうのを入れることを考えて」ともう既にリクエストされています。80歳のおばあちゃまがね。
岡: ありがとうございます。
絹: そういうことを相談する先が、チャンネルとして船岡山公園の元の公園管理事務所に、Studio Monaka の拠点として開かれていくということです。何か言い残したことで、一言ずつ言いたいというのはありますか。
 

●船岡山公園、ぜひ見にいらしてください 何か変化が起こっていますよ…

岡: 公園の中に“小商い”の場であったり、倉庫の場所をこれから“小商い”の挑戦場にしたり、建物の中を少しずつコワーキングで使えたり、一般的な人が使えるように準備をしています。これからリースをしていきたいと思っているので、公園にちょこちょこ遊びにきてもらうと、日々変化が起こっていくので、もしよかったら「何をやっているのかな」という感じで船岡山公園に遊びに来てもらったら、とてもうれしいなと思っています。
絹: それを許される場所のような運営をされていくつもりでありますね。
今: 日々、皆さんと一緒に公園を良くしていければなと思っています。今日は絹川さんがすごくわかりやすく僕たちの言葉を開いていただいて(笑)、とても楽しかったです。ありがとうございました。
絹: リスナーの皆さん、いかがでしたか。船岡山公園で若い人たちがフラット・エージェンシーさんと共に、京都市と共に、ワルダクミを仕掛けて行っていらっしゃいます。ぜひぜひお訪ねください。そして第3日曜日、公園開きのイベントが着々と仕掛けられているようです。
この番組は心を建てる公成建設の協力と京都府地域力再生プロジェクト、そして我らが京都市景観まちづくりセンターの応援でお送りいたしました。岡山さん、今津さん、ありがとうございました。
両: ありがとうございました。
投稿日:2022/06/02

第177回 ・賃貸住宅の行方~空き家研究の専門家 井上えり子教授来たる!

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井: 井上 えり子 氏(京都女子大学 家政学部 生活造形学科 教授 博士(工学))
絹: 絹川 雅則(公成建設株式会社)
     (井上 えり子 氏)
絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た元気なまちづくりびとのご紹介や、その活動の最新のエピソードをお伝えしております。いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
さて、今日のゲストのご紹介であります。大学の先生です。リスナーの皆さん、「女坂」ってイメージできますか?京都女子大学からお越しいただきました。京女の家政学部生活造形学科教授、工学博士でいらっしゃいます。井上えり子教授です。いらっしゃいませ。
井: こんばんは。井上です。よろしくお願いします。
絹: 先生のプロフィールを頂いておりまして、専門領域は建築計画・住宅計画となっています。都市部の空き家問題や団地における住戸リノベーションの設計手法などにお詳しいとお聞きしました。先日、番組の打ち合わせに久方ぶりに京女に足を踏み入れて、女の子ばかりなので、目がクラクラ致しました(笑)。
私と先生との出会いは、だいぶ前になると思うのですが、東山区において空き家調査を地道に続けていらっしゃる研究者の方がおられ、井上えり子先生とおっしゃるということを友達から聞き及んでおりました。当時は東山区における空き家率は、向こう三軒両隣のうち、必ず一軒以上(22%プラスアルファ)は空き家だという事実を聞いて、愕然とした覚えがあります。そういう調査を、今もなおやっていらっしゃる井上えり子教授です。よろしくお願いいたします。
井: よろしくお願いいたします。
絹: さて、今日の切り口ですが、どのあたりから参りましょうかということで、この番組はヘビーリスナーの方はよくご存じなのですが、人づかいが荒い(笑)。別名ゲストづかいが荒いとも言います。今までゲストにタイトルコールをお願いしたことはなかったのですが、ちょっとお願いできますでしょうか。今日の番組タイトルとテーマを、先生のお口からどうぞ!
井: はい(笑)。タイトルは「賃貸住宅の行方~空き家研究の専門家 井上えり子登場!」です(笑)。
絹: 本人に言わせてしまうか(笑)。今日のテーマは「賃貸住宅の行方~空き家研究の専門家 井上えり子教授来たる!」と題してお送りいたします。
さあ、何がこれから語られるのでしょうか。きっと皆さんのご存知のない事実が少しずつ明らかにされると思います。私も興味津々です。
 

■エピソード1 僕が知らないでびっくりしたこと

●実は賃貸集合住宅の空き家率が一番高かった…
絹: 賃貸集合住宅における空き家、それから戸建て住宅における空き家、京都市の色んな行政体も「空き家が増えて大変や!どないしょう」とおっしゃっていますが、「実はエアポケットのような所があるのよ」と先ほどおっしゃっていただきました。そのことから口火を切っていただきましょう。
井: 空き家問題というのは、リスナーの皆さんも最近よく耳にされていることと思います。国も「空き家特措法」という法律をつくり、各自治体も一生懸命取り組んでいるのですが、国や自治体が取り組んでいる空き家は、基本的に戸建ての個人の所有者が持っておられるものを対象としています。しかし空き家の中で一番数が多いのは、賃貸集合住宅(空き室率になりますが)であるというのが本当のところです。ではなぜこれまでそこに手を付けないで来たのでしょう。賃貸ということは事業者がいるわけです。それは個人の場合もありますし、会社の場合もありますけれども、行政としてはそれは企業努力で何とかするべきものという発想でずっと来たんです。当然税金を使ってやるわけですから、行政の立場としてはそこに公金は入れられませんよということだと思います。ですのですごく一生懸命、空き家対策を自治体あげてやっているのですが、賃貸の方が手つかずになっているところが、前々から問題だなと思っていました。
 
絹: 私はご存知のように本職は建設屋なのですが、さっきまでそんなことも実はわかってなかったんですよね。家を建てたり、集合住宅をつくったり、学校をつくったり、道路だとかトンネルだとかもやりますけれども、空き家が増えて、新しいのを建てなくていいようになったら建設屋は商売あがったりやと心配していたわけです。でもそんなことよりも集合住宅で、賃貸は、特に民間のものに対しては、行政は「俺たちは口出さねえ」みたいな感じで今まで来ていて、実は空いているのはそっちのほうがデカいんだよと。でも企業体とおっしゃいましたが、行政だって賃貸住宅持っていますよね(笑)。
井: ですから公営団地の空き室問題というのも実は深刻なんですね。
絹: まちなかを車で走っていて、改良住宅と言われる所に出くわすと、ふっと車を停めて、どれくらい空いているんだろうと見ると、自分の肌感覚ですけれども5%~10%くらいですか。このフロアで空いている所にはお名前が入っていないしみたいな、その感覚はほぼ合っているでしょうか。
井: そうですね。改良住宅に限らず、10%程度、それは公営住宅だけではありませんが、URのような組織も含めて、私の感覚でも10%くらいは空き室があると思います。
絹: 井上先生は住宅計画や建築計画などがご専門で、研究テーマが空き家ですから、私のような素人ではなくて「私の感覚では」とおっしゃいましたけれど、研究者としてのデータに基づいて語っておられますので、たぶんそれは信用できると思います。私のような素人の感覚でもそれに近いということでしょうか。
井: ただちょっとだけ付け加えさせていただくと、以前はUR都市機構の団地などは10%程度あったと思うのですが、最近は企業や大学と産学連携のプロジェクトをやっていまして、それが功を奏して、今URさんは下がってきているという状況です。
絹: いい流れですねえ(笑)。
    (総務省統計局「平成 30 年住宅・土地統計調査 P2」より)
 

■エピソード2 京女×UR プロジェクトとは

●フィールドは洛西ニュータウン、URの団地です
絹: エピソード2は、以前はURで10%くらいの空き室率だったのが、だいぶ空き室が減って来た現象の立役者のお1人が、ここにおられる井上先生かもしれないというお話です。これはなぜなのでしょう。「京女×UR」というプロジェクトを、京女の方々とURが一緒になさっているとお聞きしました。今年で10年ですか?
井: 10年目です。
絹: それも実証フィールドと言うか、活動領域は洛西ニュータウンであるとのことです。ちょっとそこへ触れていただけませんか。
井: URの事をご存じない方もいらっしゃるかもしれませんが、昔は住宅公団とか、住都公団とか言っていたところで、今は賃貸しか扱っておりません。賃貸を管理するのが主な仕事で、洛西ニュータウンに4団地持っているのですが、以前は10%程度の空き室率がありました。それを学生が若い人向けに住戸をリノベーションする、設計し直すということで、空き室を減らすという活動です。特にURが持っているような団地は、古い団地にありがちな中層のエレベーターのない(階段室型というのですが)、5階まで階段を歩いて昇っていくという団地なんですね。
絹: そうですねえ。何か昭和の匂いがプンプンする、エレベーターなし、中階段みたいな感じの。
 

●空き室率、3%まで下がりました

井: ですから4階、5階の空き室率が特に高いわけです。高齢者だとなかなか入って下さる方がいらっしゃらないので、若い家族をターゲットにして、若い学生がそこを設計するわけです。そういう若い家族が入りたいと思いそうな間取りを設計して。そこがだんだん空き室率が減ってきていて、たぶん今3%くらいまで下がっているとお聞きしました。
絹: 皆さん、聞かれました?今さらっとすごい数字が語られました。以前、URの洛西ニュータウンの4団地では10%あった空き室率が、京女×URプロジェクトにおいて、学生さんたちが若い人が4階や5階に入りたいと思えるようなリノベーションの設計をして、10年で3%台に下がったと。
井: ただ学生が設計したものはだいたい100戸くらい供給されているのですが、そこだけだとそんなに下がらないのです。若い家族向けに学生が間取りを考えると、広いリビングだったり、1つひとつの空間が割合大きめにゆったりつくるんです。若い家族はそれを見て「あ、素敵!」と思ってくださるのですが、ある程度年代が上の方は、「暖房費が高くなるんじゃないか」などとおっしゃる場合がある。私はそういう方には「そうですよね。URさんのこれまでの間取りは、学生が設計したほど華やかではないけれども、そこは満たしていると言えます。ですからそういう方はそちらに入られたらどうですか?」と言って、URさんのこれまでの間取りも埋まっていくみたいな感じですね。
絹: なんか好循環が生まれていくみたいな。
井: そうなんです。色んな選択肢が増えたので、URさんの間取りも見直しされるようになったと、それが大事なんだなと、私は思っています。
絹: 100戸の学生さんたちの事例が呼び水となって、旧来のデザインの良さが違う層に、ベテラン層に受けたと。面白いですねえ。それで結構効いていると。で、URさんは京女×URだけじゃなくて、無印良品とも提携されているようですね。
井: 大阪の方では無印さんはたくさん出されてますね。
絹: UR、旧住都公団の洛西ニュータウンの中では面白いことが起きている。皆さん、ご存知でしたか。何か捨てたもんじゃないと言うか、希望がもてますよね。
井: もちろんURさん独自の色々な工夫も重ねられての数字なんですけど(笑)。学生だけということでは全然ありません。
絹: 学生さんたちのリノベーションデザインが1つの起爆剤になったということですね。
              (UR都市機構 HPより抜粋)
 

■エピソード3 公営住宅の空き家対策の試み

●3L APARTPENTプロジェクト - 田中宮市営住宅
絹: URはそうだけれども、洛西ニュータウンの中には府営住宅も市営住宅もありませんでしたっけ。そっちの方の動きは何かキャッチされていませんか。
井: 例えば京都市さんは同様にリノベーションの住戸をつくられたりしておられるということは伺っています。
絹: 実は僕もちょっとそれをつかんでおりまして、京都市の都市計画局の住宅室の連中、最初に僕がキャッチしたのは田中宮市営住宅の事例でした。地元の自治会の会長さん、たぶん僕と同じような60ぐらいのおじいさんが、「龍谷大学が近いし学生さんが来てくれたらいいのにね」とつぶやかれたのを京都市の住宅室の人が丁寧に拾ったわけです。結果、龍大の学長さんと京都市長が握手することになりました。龍大の学生さんに3年間にわたって低家賃で田中宮市営住宅に入ってもらって(たまたまそこの学生たちの多くが公共政策の連中だったこともあり)、「学びはキャンパスの中だけじゃないよ」とばかり、自治会活動に参加してもらったり、例えば小学生の集団登下校の見守りや、夏祭りのお手伝いをしながら地域を学ぶ。彼らは自治会活動にすごく力を発揮して、成功裏に推移しているという3L APARTMENTプロジェクトという事例(第165回放送参照)です。
 

●障がい者グループホーム - 向島ニュータウン 洛西ニュータウン…

絹: 向島ニュータウンで、愛隣館という障がい者福祉法人のグループホームが空き室で運営(第166回放送参照)されたというのが、確か僕が知った第一号事例でした。第二号事例が洛西ニュータウンでも間もなく発進するらしいです。障がい者グループホームで、それもリノベーションです。
京都市やるな!!と実は思っていまして、頑張れと応援しています。ちょっとずつそうやって、京女×URのようなものを市営住宅や府営住宅でも似た軸線上でリノベーションして、空き室率を減らしていこうという人たちは行政の中にもおられるみたいですね。
 

●丁寧につくれば100年もつはずなんです

井: 団地のハードな部分が40~50年くらいでダメになるという思い込みもあったのですが、調べてみるともう少し寿命が延びそうだというふうになってきたんですね。ですのでリノベーションして、もうちょっと長く使おうというような流れにだんだんなってきているかなと思います。
絹: 工学の専門家が言われるのでこれは確かです。私も本職は建設屋ですので、我が家でやった実験住宅(愛称:センテナリオ)は、13家族によるコーポラティブタイプの5階建て住宅です。建設会社であり企画者の私は、100年から120年はもたせてみせますと豪語していますから(笑)。
井: ちゃんと丁寧につくれば、本当にそういうふうにもつんですよね。
絹: RC(鉄筋コンクリート造)のコンクリートの住宅でも理想的に設計・施工を丁寧にすれば、100年120年もつんです。公営住宅は50年しかもたないという思い込みは少し捨ててもいいんじゃない?というトライアルが始まっているんですね。何かちょっとうれしいなあ。
   (センテナリオ:絹川の自宅を含む13世帯の実験住宅)
 

■エピソード4 賃貸住宅の行方

●これからは賃貸住宅の時代?
絹: さて、先ほども申しましたが、18年前に私は自宅の土地をもとに、実験住宅をつくりました。まだ40代でしたので理想に燃えて、自分で共同住宅をつくるなら向こう三軒両隣の関係性を持ちたい。顔も知らない、あいさつもしないなんてのをつくってたまるもんかと考えたわけです。その理想とするところは、ご近所さん付き合いが自然に生まれて、助け合いが生まれたり、子育て支援が生まれたり、「実家からみかんを送って来たし、お裾分け」みたいなのが当たり前に起こるような、そんな建物群なんですね。
公営住宅、賃貸住宅の行方でそういうふうなものって、流れとしてできませんかというのが、私の問題意識なんですけど、先生はそのあたり、どう思われますか?
井: まずそもそもこれだけ空き家問題が深刻化してくると、多くの人が空き家所有者って、結構責任が重くて、「維持管理していかなければいけないんだ」となってくると思うんです。そうなってきた時に、それってちょっと大変だから持たなくていいんじゃないかという選択肢が出てくるだろうと。つまりこれからって、賃貸住宅の時代なのではないかと私は思っているんです。
絹: かつては自分で家を持ってこその一人前というような、昭和の時代がありましたが、先ほど先生とお話していたのですが、若い人たちは車すら持たないよねと。シェアリングエコノミーというんですか、お墓だって海に散骨したり、タワーマンションみたいなお墓だってあるよと。
 

●もっと賃貸住宅のバリエーションが増えるべき

井: ただ賃貸住宅に行きたいという人が多くなったとしても、今ある賃貸住宅の形というのは、これまでずっと持ち家政策を国が取って来たので、一時しのぎの住宅と言いますか、とりあえず住んで、最終的には持ち家みたいな感じで提供していることが多かったので…。
絹: 期待される、本来持つべき賃貸住宅の性能、あるいは居心地の良さ、楽しさ、安心感みたいなものが、専門家の目から見てちょっと足りないんじゃないのと。
井: 足りないと思います。ですから、これからもっともっと賃貸住宅のバリエーションが増えていかなければいけないと思っているんです。それは間取りとか広さもそうですけど、もう1つはサービスとして例えばサブスク的な毎月同じ金額を払えば、あちこちに住めますよみたいな。最近そういうサービスが出てきていいるんです。
絹: 多拠点居住ですね。ノマド(旅人)のように、若い人があちらこちらで仕事をしたり、生活をしたりするというパターンですね。
 

●アドレスホッパーと呼ばれる人々

井: そうです。私はその住宅のサブスクに興味を持っていて、ゼミでこの話を学生にしたら、学生はむしろ実際にそういうライフスタイルの人の方に興味があると言って、去年卒論でそれを調べたんです。
絹: いよいよ来ました!そこを聞きたかったです。
井: アドレスホッパーと最近は呼ばれている人たちなんですけど、その人たちが利用するサービスの中で、アドレスという会社があって、そこの人たちが結構地域とのコミュニケーションと言いますか、地域と繋がりを持ちたいと思っている方たちが多いということがわかりました。どうしてなのかと思ったら、その会社は「家守(やもり)」という制度があって、その家守という管理者みたいな方が利用者と地域をつなぐような役割をするという制度だったんです。ですから多拠点居住と言うと、何か旅人のように来て、無関係に去っていくみたいな、地域に根付かない人というイメージですけど、彼らはそうではないということが調査でわかって、興味を持ったんです。
調査ではすごく彼らが社交的な性格で、地域の人たちともどんどんコミュニケーションを取っていくようなタイプの人たちなので、「元からそういう性格ですか?」という質問をしたら、「実は元はそうではなかった」という人が結構多くて、「じゃあ、どうしてそうなったのか?」と聞くと、「家守の人と接するうちにそうなった」とか、「アドレスを利用している他の利用者と接しているうちにだんだんそうなった」ということだったんです。
 

●コミュニケーション能力は育つもの

井: 私がそれで学んだのは、コミュニケーション能力というのは、生まれながらのものではなく、育つんだと。学べるんだと。それが一番の調査の中での私の学びでした。
絹: このお話を聞いた時に、私はすごく興奮をいたしました。先生の一番初めの仮説は、「ノマド的に多拠点居住をする人は人づきあいが苦手な人じゃないか?」という思い込みがあったけれども、学生の卒論を呼んで、討論をして、全く違うことに気が付いたとおっしゃいました。「家守」、どこかで似たようなシステムがあったような…。そうだ、ユースホステルに何かそういうお節介なおじさんやおばさんがいて、そういうところで若い人が訓練を受けて、進化していくみたいなのにちょっと似ているなと思いましたね。
井: なるほど。私、実はそういう人たちは地域の中にもいると思うんです。今、なんとなく町内会って、行政の下請け機関みたいな感じで、色んな役があって、それをやらなきゃいけないと必死で、それ以外のことができないですけど、その役がもっと減ったら、地域の中のそういう世話好きな人が、若い人を育てたりといった余裕が出てくるんじゃないかと思うんです。
絹: 色んな所にある空き家をお世話する「家守さん」みたいな地域のお節介さんが、スポットライトを浴びて登場して来たら、京都の色んな問題点が解決しちゃうかもしれないですね。
井: 何かそういうことがあるんじゃないかという魅力が、そのアドレスという会社の家守さんたちにはあるなと感じました。
絹: 非常に面白いところに来ました。またこの続きは何度かシリーズ化したいと思います。リスナーの皆さん、空き家、賃貸住宅の行方、空き家の専門家語る!の回でした。京女の井上えり子教授ありがとうございました。また来てくださいね。
井: ありがとうございました。また是非お呼びください。
絹: さよならあ。
投稿日:2022/05/09

第176回 ・どうして国政へ?~吉井あきらさんの思いとは…

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吉: 吉井 あきら 氏(京都府参議院選挙区支部長・京都市会議員)
絹: 絹川 雅則(公成建設株式会社)
         (吉井 あきら 氏)
YouTube動画URL:https://youtu.be/nOHYq6uE5lI

 

絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た元気なまちづくりびとのご紹介や、その活動の最新のエピソードをお話しております。いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
さて、本日のゲスト紹介です。我がチョビット推進室としては、初めてのジャンルのゲストのご登場です。現、京都市会議員。要は、議員さんですわ。京都市の市会議員で、吉井あきらさんという男前の先生がいはります。何故か「吉井あきらさんにお話を聞いてみよう!」と思い立ちまして。心臓強お、今日は呼んでしまいました。では、吉井あきらさんです。お声をひとつどうぞ。
吉: はい。皆様こんにちは。吉井あきらでございます。今日はちょっと緊張しています。よろしくお願いします。
絹: でも吉井さんは「前にもこのスタジオで別の番組出たことあるよ」と言うてはります(笑)
吉: そうですね(笑)
絹: よろしくお願いします。
吉: よろしくお願いします。
絹: それでは吉井さんのプロフィール、資料に基づきちょっとだけご紹介いたしますね。お生まれになったのは、昭和42年。僕は昭和33年ですから、ちょっと僕の方が上です。山科区でお生まれになって、山科幼稚園。どこかで聞いたことがある幼稚園です。
吉: あ!ありがとうございます。
絹: え、うちが建てた幼稚園!
吉: ええ!そうなんですか(笑)
絹: 西念寺さんですよね。白旗先生ですか。そして山科幼稚園から山科小学校へ。安祥寺中学校時代には野球に励み、中学卒業後、父親が働かれるゴルフ練習場にてゴルフに打ち込む。さっきお話してた、洛東産業さんの大野木先輩のところでやってはった。
吉: はい、やってました。大変お世話になりました。今でもお世話になっています。
絹: 高校時代には、日本ジュニアゴルフ選手権に出場された。洛南高校。今、洛南高校ってごっつ難しい高校になったんちゃいましたっけ。
吉: はい、今はね。私の時はそないに……(笑)頑張ってくれてます。
絹: 洛南高校をご卒業後、京都産業大学経営学部に進学。ゴルフ部主将として、プロゴルファーを目指してはった。そりゃあええ体してはりますもん!
吉: ありがとうございます。親に感謝です。
絹: ゴルフ練習場で、アシスタントプロ活動。その後、ティーチングプロライセンスを取得。というようなプロフィールです。その後、政治家さんとしての続きを読みますと、平成13年は京都府第二選挙区支部長の山本直彦氏の秘書として、政治の世界にお入りになった。そして、平成17年衆議院の総選挙で山本朋広衆議院議員の当選後、公設第一秘書として活動を続けられ、平成19年統一地方選挙にて、山科区選挙区より京都市の市会議員に当選なさって以来、連続四期当選を続けてらっしゃるという方です。お母様、奥様、ご子息3人の6人家族。趣味はゴルフ。当たり前ですよね。ライセンス持ってはるんだもん。それからサッカーもお好きです。わあ、羨ましいな。身長185センチ、体重85キロ。私95キロです。
吉: 体重は、今はかなり増加しています(笑)
絹: 増加していますか(笑)これにて、プロフィールのご紹介を一旦閉じさせていただきます。番組のタイトルとテーマを今日、リスナーのみなさん、どうしようかなあと迷ったんですけど、勇気を振り絞ったタイトルにいたします。聞いてください。番組タイトルを申し上げます。「どうして国政へ?~吉井あきらさんの思いとは…」と題してお送りいたします。ちょっと変えようかな。「どうして国政に行かれるんですか?どういう思いですか?」それだけ聞きたくて、今日お呼びしたようなもんでございます。ということで、まずエピソード1から入らせていただきます。
 

■エピソード1 我が国の歴史と伝統を胸に自分たちの国は自分たちで守る

絹: 質問の一発目、第一問でございます。手元資料の中で、あるいはホームページでうたってらっしゃる吉井あきらさんの理念の中に「ああ、いいな」と思うものがあったんです。『我が国の歴史と伝統を胸に自分たちの国は自分たちで守る』というのを、黒々と太字でまず入れてくれてはるんですよ。これわたし、すごく嬉しくって。まず、ここから口火を切っていただけないでしょうか。以前だったらね、選挙の時にこういう国防とかこんなことを言うと、票を減らしたりして。政治家さんは避けて通ってはった話題で、日本のことが大好きな人たちや、日本っていい国やな、という人たちからは、なんやそういう行動パターン取らざるを得ないのはのは分かるけど、ちょっと残念やなって思ってたおじさんおばさんがいたんちゃうかなーって思ってまして。このへん、吉井あきらさんの言葉で語り始めていただけたら嬉しいです。
吉: ありがとうございます。『自分たちの国は自分たちで守る』というここの部分、まさにロシアがウクライナに侵攻する前から書いていました。今ね、ロシアがウクライナ侵攻ということで、本当にテレビの映像で多くの方が被害に遭われて、また子どもたちが被害にあってるのを見て、本当に胸が痛むんです。ただ一方で、祖国を守るために戦っている兵士たちもいると。国を守る、祖国を守るということの意味を本当に考えさせられますし、本当に改めて国を守ることっていうのは、今こそ真剣に考えていかなければならないという風に思っています。
絹: リスナーの皆さん、こういう発言をすると議員の方々にとっては、損になってしまうかもしれない。自分の存立基盤を危うくするかもしれないということに対して、こうやって発言してくれる方っていうのは大事に思いませんか?議員先生の中には、自分が当選するためだけに動いてはる方もいるや否や……ですが、吉井あきらさんはそういうタイプじゃなさそうですよ。ということで、口火を切っていただきましたけれど、本当に私は地元の建設屋の親父でございまして、政治には疎いんですけども、安全保障って専門の先生の話を心して聞いていると、実は難しく考えなくてもいいのかもしれないと思うんです。例えば、奥さんやガールフレンドと一緒に歩いていますやろ。「おい姉ちゃん、俺に付き合えや」と変な行儀の悪い連中に絡まれた時に、男やったらどうするんですか?という話でしょ。そのときに、憲法9条が尊いとおっしゃる方々は「憲法9条って唱えればみんな退散される」というようにすごい翻訳かもしれないけれど、実感としては僕はそういうふうに感じてまして。そのへん、どうなんでしょう。学校でも習わへんかったし。
吉: ちょっと話がそれるかもしれないんですけど、例えば、投票率が低いとよく言いますよね。もっともっと選挙管理委員会や区役所が車を回して投票率を上げろ、と。そんなん上がるはずがないですよね。厳しい。選挙があるというのは伝えられますけれど、やっぱそこは私自身、教育でしっかりと子どもたちに、今でも少しは教えてますけど取る時間が少なすぎて、我々の時代でもどれだけ自分自身の1票が大切かというのは教えてもらってなかったという風に思うので、いかに教育が大切かっていうことが今すごく分かりますし。
絹: 学校時代ね、例えば日本史の歴史のことを思い出すとね、縄文・弥生あたりから始まって、近現代史とか勉強する時間がなかったじゃないですか。あれは、教育の中に日本の周りのお国の、行儀のいいところばかりじゃないと思うけど、前の戦争のこと、前の前の戦争のこと、あんまり考えないように考えないように、難しいことは避けてきた教育の歴史やったんちゃうかなあと僕自身がそう思っています。大人になってから勉強して、やっと分かるみたいな。
吉: そうですね。先ほど絹川さんが仰った、誰かと2人で歩いていて、もし絡まれた時に守れないじゃないかと。おっしゃる通り。逆に、夜寝る時、鍵戸締まりしますよね。それは、やはり寝てる間に誰かが入ってこないように。同じことだと思いますし、自分の家族は守っていく。それはもう国としても同じだと思う。だからと言って、日米安全保障の部分がある中で、極端なことは私自身は言うつもりはないんです。けれども、その中で現実問題、コトが起こった時、今の状況で本当に国が守れるのか。政治はやはり先を見据えてやっていかなあかん部分と、現実を踏まえてやっていかなあかん部分があるので、その部分はしっかりと考えながら進めていかないと、と思いますね。
絹: 触れにくい拉致被害者を取り戻す、ということもちゃんと言っててくれますね。
吉: そうですね。日本国の中で、なんの罪もない方がいきなり拉致をされて、違う国へ連れていかれる。我々自身、やっぱりどこまで行っても他人事のように感じてる部分があるのではないかと。「すぐ取り戻してほしい」っていうのは、自分の子供がそういう状況になれば、そう思われると思うんですよね。じゃあ日本国として何ができるのか。今何をやらなければならないのか。そういったことを考えた時に、今の日本の国防の状況、これでいいのかどうかっていうのありますよね。
絹: かつて自衛隊の方々が、自分が自衛隊員であることを、例えば制服着て外に出かけられないとか、転勤をしても住居が見つけにくいとか。転校を子供さんにさせたくても、なかなか学校が受け入れないとか。偏ったいじめに類するようなことも見聞きしたことがございまして。でも最近、災害が多発するようになって、自衛隊員さんにいかに助けていただいているのかということを、腰まで泥に埋まって救出されている陸自の方の映像とかも届くようになりましたから、評価は変わりつつあるけれども、先ほどのガールフレンドの例え話や自宅に泥棒・強盗が入った時の例え話、我が国の自衛隊員に与えられている枠、足枷、腕枷によりますと、誰かがぶん殴られたり、大怪我をしたり、はたまた殺されたり、命を失ったりして、初めて培った訓練の防衛が使える、道具が使える、武器が使えるという、信じられないようなことをずっと知らされずに、どうやら来ていたように今は感じているんですよね。
吉: 絹川さんの仰る通りで、どこかでお話しさせてもらったことなんですけど、昔ストーカー殺人ってありましたよね。当時は警察も動いてましたけど、基本的な警察の考え方は「民事は不介入」だと仰っていました。でも、ストーカーによって亡くなられたということで、そこで変わったんですよ。仰るように、亡くならないと変わらないという悲しい現実があって。北朝鮮からミサイルが発射されている。これも今、たまたま被害が出ていないだけかもしれない。もし被害が出たときを思うと、如何ともし難いですよね。
絹: あの、いきなり初っ端からしくじったかなという重たいクエスチョンを投げてしまいまして、申し訳ありません。
吉: いえいえ(笑)
絹: でもね、我が口からそういう問いが出てきたってことは、本心でずっとそれを思ってて。私のような一般素人でもこういうことを口にすると、周りから石が飛んでくるんじゃないかという、怯えの部分がかつてはあったんです。若い頃、同級生たちと酒を酌み交わしてそういう話をして「なんとかせなあかんちゃうか!」と言ってたけど「おい絹川、外でそんなこと言ったらあかんよ。変人だと思われるぞ。」と。でも、状況変わってると思いませんか?最近は。
吉: 仰る通りですね。
絹: 中国の日本の主要都市へのミサイルのロックオン状態は、常にもうスイッチ押せば自動的に壊滅出来るような戦力・装備をお隣さんの大国はお持ちになっていて、というのとあまりにもアンバランスやなあと思っていて。北朝鮮からのミサイルがボチャンと東側の海に落ちても、知らんうちに慣れてる自分たち…
吉: そうですね。島国というのもあるかもしれないですね。
絹: 特に我々のような高齢者は、テレビと新聞がメインの、それらのメディアをオールドメディアと仰る方の言い方を採用しますけど、オールドメディアの方々の発信することがいかに偏っているかということをご存じない方がまだかなりおられる。ひょっとしたら、私もミニメディアのコミュニティFMで発信し続けるのも、そういう思いが背景にあるのかもしれません。こういうところでしたら、実際に吉井さんのように議席を以て活動されている方の生の声を、少なくとも京都市民・舞鶴市民に届けられる。ここでね、刻一刻と変化する国際情報に対応する外交安全保障大事ですよね。再構築をやりたいんやと、国民の声を聞きながら、俺は憲法改正を進めるぞ!って書いてくれてはるんです。これは、一票でしょう!と思う一人です。こういうことを発言すると、抵抗する方がまだまだおいでになられますけど、ぜひ躊躇わずにお進みいただければなと期待いたします。
吉: ありがとうございます。憲法改正もするのかしないのか、ということは最後は国民が決められるということなので、極端なことは言うつもりはないんですけども、私が思うのはいろんな選択肢といいますか、憲法改正も含めて議論をしていくことっていうのが非常に大切であると思います。今回のロシアのウクライナ侵攻っていうのも対岸の火事ではないと思います。
絹: そうですよね。いつも9条、9条、9条って皆さんが騒がれますけど、でも自民党案の憲法改正の草案というか、正確な呼び方は分かりませんけども、そこに自衛の行動は妨げない!ってやつ入れましょ!っていうのがありましたよね。我々は侵略は絶対にしない!と。隣の家まで泥棒に入ったり強盗に入ったりは絶対にしないけど、入ってきたらあるいは入ってくるそぶりを見せたら、防衛行動・自衛っていうのが一家の長の務めやんか!というのを入れましょうか、というのを言ってくれてはりますもんね。
 

■エピソード2 秩序ある資本主義社会の構築とは

絹: それでは、次の「秩序ある資本主義社会の構築」。これは、秘書の山本さんから「触れて」って言われているんです。
吉: (笑)ありがとうございます。
絹: ちょっと触れていただけますか?
吉: はい。ここ30年ぐらいでしょうかね。やはり、ずっと見てますと世界の成長率ってだいたい平均GDP2.39倍くらいです。アメリカ2.4倍。中国の14倍っていうのは正しいかどうか分からないですけど、今話題のロシアは4倍、韓国2.5倍。日本を見るとどうなのかというと、日本だけが主要国の中でマイナスという形なんですね。日本だけ見ると、マイナス。どこにどう原因があったのかという。今かなり財政の部分は、国会の中で、自民党の中でも、議論をされておるんですけども、財政規律のそこの部分を先にやっていこうということが念頭にあった上で予算を組んできてたという部分でなかなか難しい。私自身は、これまで民間でできることは民間に。あらゆる部分においてそういう形でやってきましたけれど、需要がないのに供給という民間の方が、そこには行かないですよね。需要があって初めてということなんで。だから海外もそうなんですけど、今厳しい状況であれば、デフレから脱しきれない状況であれば、国がしっかり手当てをしていくと。そこから持って行って、予算は単年度ですけど、長期の計画を立てていく。そこに民間の方が乗っかって計画を立てていくという循環が必要なんじゃないかと思っています。
絹: キーワードは積極的な財政出動。行うべく時にはやる。成長分野に向けた大胆な投資はやろう、という。旧大蔵省か。財政規律原理主義とは私はちゃうで、と言うてはるように私には聞こえました。ということは、西田昌司先生のお仲間ですね?
吉: (笑)。MMTですね。現代貨幣理論。あのことがどうのではなくて、25年30年の経過・結果を見て、これまでの進め方は間違っていたと私は思いますし、転換していくべきだと思っています。
絹: 財務省の方々がレトリックでお使いになる国民一人当たりの借金がいくらいくら、という恐ろしく間違ったレトリックを西田先生も噛みついてはりますが。省益あって国益なしということの典型例かもしれませんね、思っているのは私だけ?って。すごく大切なことなんですけれども、吉井あきら先生が仰ったように25年30年の実績を見ると、他国、中国は別にしてGDPを見ると、なんでこんなに差が出るの?舵取り間違ったに決まってるやんっていう簡単な言葉で誤解を恐れずにひらがなで言ってしまうと、そう言ってしまってもいいのかしら。
吉: 仰る通りですね。私自身は国力が弱っているということで、国防という部分にまで全て響いてきますし、ここの部分はね、なんとしても転換していかないと日本が今のままでは沈没してしまうと思います。
絹: そうですよね。そういう風になったときにお喜びになったり、ニコッと笑われるのは、ご近所のあまりお行儀がよろしくないご近所さんだったりするのかな。だから日本が弱くなる方向に一生懸命働いている人たちがいてはるとしたら、そういう人に代わって吉井先生みたいな人が中央に行っていただいたらって。「どうして国政?」ってこっちから聞いてるのに、先生の思いを勝手に言ってしまってはいけませんでしたね。
吉: ありがとうございます。
絹: ああ、あともう1分半…
吉: おお、一瞬で時間が経ちました…
絹: ごめんなさい、進行が下手くそで…
吉: 違います!私が喋り過ぎちゃって。
絹: いいえ、とんでもないです。最後に!柔らかい話を一発。お休みの日、なかなか取れへんと思いますけど、何をしてはりますの?
吉: 最近は全然休みがないんですけど、コロナになって、夜もほとんど会合がなくなって、食事を家で食べることになって。ほとんど外でご飯だったんですけど、家で食事をすることがあって。
絹: ひょっとして料理?
吉: そうですね、家内にはちょっと負担かかってたかもわからないけど食事をする。一方で、少ない休みの中で、これもコロナでということなんですけど、家内とウォーキングに行きました!
絹: 羨ましい!リスナーの皆さん、吉井あきらさんのひととなりをお伝え出来たでしょうか?この番組は心を建てる公成建設の協力と京都府地域力再生プロジェクト、そして京都市景観まちづくりセンターの応援でお送りいたしました。吉井さん、またきてくださいね!
吉: またよろしくお願いします!ありがとうございます!
絹: 時間切れです!さようなら!
投稿日:2022/04/22

第175回 ・子ども食堂からグループホームへ~まだまだ模索中 子ども食堂・どんげねの挑戦

ラジオを開く

盛: 盛武 政裕 氏(天ぷらや 笑人 Wa-Road 笑主)
さ: 盛武 さゆり 氏(天ぷらや 笑人 Wa-Road 女将・夫人)
絹: 絹川 雅則(公成建設株式会社)
       (右:盛武 政裕 氏 左:さゆり夫人)

 

絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た元気なまちづくりびとのご紹介や、その活動の最新のエピソードをご紹介しております。いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
さて、本日のゲスト、ご夫婦をお迎えしております。皆さんは山科の土地勘はありますか?京都市山科区の日ノ岡の交差点の近所に天ぷら屋さんがあります。その名も「笑う人」と書いて「わろうど」。「てんぷら屋笑人(Wa-Road)」。普通は店主と言うのですが、ここでは「笑主」と書いてあります。盛武政裕さんです。よろしくお願いいたします。
盛: 僕からなんですね(笑)。どうも、初めまして。初めてのラジオの収録ということで、珍しく緊張しておりますけれども。よろしくお願いいたします。
絹: 次はその奥さま、盛武さゆりさんです。同じく「てんぷら屋笑人(Wa-Road)」。ホームページを見たら、口だけ番長(笑)&女将と書いてあります。
盛: 結構激しめですけどね(笑)。
絹: さゆりさん、よろしくお願いいたします。
さ: はい、よろしくお願いいたします。口だけなんですけど、他にも色々就労支援の事業所「すぴん」もやっております。今日はお願いいたします。
絹: 口だけ違うやないかい!と、言いたくなりますね(笑)。
ということで、リスナーの皆さん、京都にはこういう凄いことをしているご夫婦がおられますよというのが、今日の番組の趣旨です。おいおいと紐解いてまいります。
今日の番組タイトルをまず、申し上げておきましょう。「子ども食堂からグループホームへ~まだまだ模索中 子ども食堂・どんげねの挑戦」と題してお送りいたします。皆さま、どんなお話が飛び出しますかご期待下さい。
ゲスト紹介、もうちょっと深めたいので、笑主の盛武政裕さんに質問です。パートナーであらせられる盛武さゆりさんとは如何なる方ですか、短く述べよ。
盛: 簡潔に言うと、生命力と生活力に溢れた人。まあ無駄のない、すごい生き方をされる方でね。知っている人はその通り!と思うと思います。まあ、グイグイいかはります。
絹: では奥さまの盛武さゆりさん、御主人、笑主の盛武政裕さんとはいかなる人物ぞ、短く述べてください。
さ: 気性が激しいんですけど、とってもわかりやすく心根は熱き男やと思っています。また歌が好きなもので、ライブとかも精力的にやっていて、趣味にも生きていますという感じです。
絹: はい、ありがとうございます。確か九州男児です。「どんげね」という子ども食堂の愛称は、九州のどの地方の言葉でしたか。
盛: 僕は生まれが宮崎なんです。宮崎でも北と南と西と東では結構方言がバラバラなんですけど、僕の生まれ育った宮崎市では「どんげね」というのは、こちらでは「どない?」という声掛けの時に、「元気か?」とか「ご飯食べてるか?」とか、そういう優しい声掛けなんですね。
絹: 「調子どう?」みたいな。
盛: そうそう。だから例えば親戚の家に行って、「どんげね?」と言うと、「うん、がんばっちょるよ」とか、身体の調子から色んな事から気遣う言葉なんです。すごい優しい言葉です。
 
         (「天ぷらや 笑人 Wa-Road」HPより)
 

■エピソード1 てんぷら屋笑人が、なぜ子ども食堂を始めたのか

●ハンデのある人にも気軽に入っていただきたい
絹: さあ、本題に入りましょう。そもそもなぜ日ノ岡で、てんぷら屋さん、笑人さんが子ども食堂を始められたのですかというあたりから紐解いて行きましょう。
さ: 実は自身の子どもに障害がありまして、外食する場所にもすごく気を遣う時期がありました。そこで自分の店にそういう障害のある方でも気軽に入っていただきたいという思いを持っていたところ、山科青少年活動センターさんが「子ども食堂を始めませんか?」という講演会をされました。それに参加したのがきっかけで、子ども食堂という形で色んな方に来ていただけるのではないかと始めました。
 

●“やませい”の大場さんとの出会いから

絹: 実は山科青少年活動センター(愛称:やませい)の大場孝弘さん(第126回131回放送出演)は、この番組のゲストに2回もお迎えした方なんです。あの人に出会ってしまったんですね?
さ: 出会ってしまったんです。「盛武さん、これはやらねば!」みたいになって。
絹: 当時のことを思い起こしますと、大場さんは山科に子ども食堂のネットワークを築きたいとの思いを持っていらっしゃった。「一人で何もかもやろうと思ったら大変だけど、月に一回くらいなら私とこでもやれるという人が、山科じゅうで1ダース集まったら、両手集まったらすごいことが起きる」と言っておられて、その一角として引きずり込まれたのが盛武さんなんですね?
さ: はい(笑)。飲食店がやる強みがやっぱりあるかなというのがありました。皆さんまず場所がネックになってくるのですが、うちは飲食店なので、衛生面から設備的な面から整っているので、非常にやりやすかった、始めやすいかなとは思いました。
絹: この間、ズームの会議で大人カフェという所で、盛武さんが登壇されて、「笑人カフェどんげね」について、喋っておられたのですが、そこでのメモをちょっと読みますね。
笑人どんげね、これは宮崎弁です。
子ども食堂は毎月第二土曜日、12時から14時
子どもさんは200円
友達が友達を呼んでくるという形になっています。
どんげねさんの特徴は(お嬢様が障がいをお持ちですので)、ハンデのある人たちも気兼ねなく来てほしいと、ハンデのある人の予約限定で行っています。
それが特徴なんですね。唯一無二なんですね。他の所はそんなのはなかなかないですよね。
ということで始まりました。いつ頃からでしたっけ?
さ: 2016年の11月からです。
絹: 2016年と言うと、もう長いですね。6年目ですか。よう続かはりましたねえ。
盛: 止めずにきたから続いているという感じで。
 
 
 
  (笑人カフェどんげね?~子ども食堂~の様子 「天ぷらや 笑人 Wa-Road」Facebookより)
 

■エピソード2 就労支援施設「すぴん」のこと

●ハンデのある子の就労って、どうなるんだろう…
絹: ホームページを見せていただきますと、てんぷら屋さんをなさって、子ども食堂をなさって、その他に奥さまが平仮名で「すぴん」という就労継続支援B型事業所という所の代表も務めていらっしゃいます。その就労継続支援B型は昔で言う作業所と、子ども食堂ではどちらが先ですか?
さ: 子ども食堂が先です。で、やはり子ども食堂、18歳までは守られていますが、18歳以降、就労ってどうなるんだろうと考えたわけです。自身の子どもの事を考えた時にやはり障がいのある方の就労先はすごく限られているし、かといって自分がわかっているわけではないので、「よし、自分でやってみよう」と決意しました。子ども食堂がベースになり、「すぴん」が開所できたということです。
 

●施設外就労先「笑人」 - 飲食だからって特別なことはないんです

絹: それでまたホームページを斜め読みの浅い知識ですけど、「すぴん」さんの所に施設外就労先が「笑人」であると書いてある。ということは、御主人と一緒になさっているてんぷら屋さんで、就労支援施設に勤めていらっしゃる障がいのある人が実際に働いておられるということですね。
盛: そうです。はい。
絹: 食べ物屋さんでどういう形で働かれるのかなと、たぶんリスナーの方もはてなマークが出てくると思うのですが、そこのところを説明していただけますか。
盛: 時間的には午前9時半くらいかな。もう1人スタッフが手伝ってくれているんですが、多い時は3人くらい、利用者さんが来られます。飲食だからと言って特別なことはなく、まず基本的に一番大事なのが掃除ですね。トイレからオモテもしなければならないし、割合バリエーションがあるんですね。
絹: 門掃きしたはる写真、載ってました!
盛: そうですね。厨房の中はタタキですし、床はフローリングですし、トイレがあったり、たまには裏の庭の掃除もあるんですけど、掃除だけでも結構楽しめます。それから片付け、洗い物、下ごしらえですね。野菜を洗って皮をむく、切る、あとは盛り付けとか。また弁当の配達が週に何度かあるんですけど、一緒に…。
 

●達成感を味わってほしい…

絹: そうなんですよ。盛武さんとこのお弁当が結構人気で、配達も受けておられるんですね。
盛: そうです。それもスタッフと一緒にお届けして、お客さんの顔を見て、ちゃんと配達するという、やはり作ったものがどういう風にお客さんの所に届くのかというところまで見てもらう。そこに携わってもらうという、職を通じて達成感を味わっていただければと思いがあります。
 
 
       (「天ぷらや 笑人 Wa-Road」のお弁当)
絹: ご主人が多岐に渡る趣味と言うか、歌が好きでライブをやったりとか、料理塾を主催したりとか、色んな事をされます。で、行ったら楽器が置いてあったりとか。
そしてこれもホームページでちらっと見た画像ですが、メンバーさんと一緒にピザ窯を自作したり、フローリングをはって、ペンキ塗りみたいな画像もなかったですか?
さ: ウッドデッキ作りをしましたね。
 

●静原で農作業もやっています

絹: それから静原応援隊農作業、これなんかちょっと惹かれるものがあるんですけど、これも「すぴん」さんの活動ですか?
さ: そうです。京都産業大学さんとのコラボです。「静原応援隊」という静原の町おこしと言いますか、農地の活性化で産大の学生さんがやっていることに「すぴん」が参加させていただきました。
農園をお借りしてジャガイモを植えて収穫するというところを去年はやって、今年はもうちょっと広い区画をやろうかなと思っております。
盛: ちょっと作物を増やしていこうかなと。
さ: 自給自足を(笑)。
盛: なんかこれ、行けるんじゃないかと思ったら、どこからでも行けますからね。
 

●市が立つと出店もしています!

絹: 気になったのは、その静原応援隊の作業だけではなくて、どこかのイベントに市が立つと、物を売りに皆さんで出かけていく写真が1つや2つやなかったと思いますが(笑)。
さ: 行商に(笑)。無印良品さんは子ども食堂にお野菜を提供していただいたりするので、無印さんに繋がる市というのに出店させていただいたり、やはり子ども食堂つながりで「すぴん」は今あるようなものなので、そこは大事に縁を頂いて、出店場所としてご提供いただいております。
絹: 無印さん、やらはりまんなあ。
さ: はい!それから毘沙門市も4月2日、3日にあるんですけど、こちらにも出店させていただく予定でございます。
 
  (「無印良品 京都山科」での出店 「天ぷらや 笑人 Wa-Road」Facebookより)
 

●様々な企業や行政とご縁をいただきながら

絹: そもそもは山科青少年活動センターの「子ども食堂やりませんか」という問いかけで発進された子ども食堂と、「すぴん」という就労支援、昔で言う作業所を動かしていかれるなかで、今さゆりさんから無印さん他からご縁を頂いてということですけど、色んな人から「こんな助成金とかサポートの仕組みがあるから、やってみたら?」と、入れ知恵しに来られたそうですね。
さ: そうなんです。オムロンさんのご協力もいただきましたし、京都府の方の「こどもの城」という助成金とか、「こんなんもあるよ」ということで助けていただいております。
絹: それが不思議なねえ。山科では盛武さんとこの「どんげね」さんみたいな子ども食堂をやっている人が片手で収まらないくらい…。
さ: そうですねえ。増えましたね。
絹: 今、両手くらいあるんですか。
さ: はい、あると思います。
 

●実は公成建設、子ども食堂にちょっとかすっています

絹: 山科子ども食堂ネットワーク(愛称:ちゃぶ台ネットワーク)、あるんです。そしてうちもちょっとだけかすっていまして、建設会社ですから独身寮が山科にあるんです。そこの寮監さんで服部さんという方が自分でも子ども食堂っぽいことをやりたいと言って、盛武さんたちと交流があるそうです。
さ: はい、最初はボランティアでご一緒させていただき、自分でもやりはじめられて、すごいなと思っておりました。
絹: 寮監さんは普段料理をされますから。若い社員さんに弁当をつくったり、夕食を出したりと、メニューを作るのはお手の物らしく(笑)。
さ: お上手だと思います。
絹: 山科って、非常に面白い土地柄でそういう助け合いの風土と言いますか、「家庭菜園で野菜を作ったけど余ったから使って」とか、フードロスに取り組んでいらっしゃる方が協力に来られたりするんですって?
さ: フードバンクさんからのご提供だったり、社協さん(社会福祉協議会)からのご提供で、「フードロス、今関心を集めているんですけど、賞味期限間際のものを有効活用してください」と子ども食堂に助成してくださっています。
盛: ご近所さんもいただいたお菓子とかを、ちょこちょこと頂いております。
絹: リスナーの皆さん、いい話でしょ?きっと知らなかった人もおられると思うんです。ですから一見てんぷら屋さんだけど、色んな事をしておられると。日ノ岡の交差点、左に入ったところを、ちょっと見に行かれたらいかがですか。
さ: なんてことはないので、入ってください。
 

■エピソード3 障がい者のグループホームを立ち上げました

●障がいのある方が地域で一人暮らしをしていくために
絹: それがまた、今度は新しい事を始められたという噂をききまして、盛武さんにラジオのゲストに来て、その話を来ていただけませんかとお願いしたのは、グループホームまではじめてしまおうという…そのグループホームとはどういうことか、説明をお願いしたいんですが。
さ: 障がい者のグループホームを立ち上げました。3月1日に開所したのですが、やはり障害のある方が親元を離れ、一人暮らしをするのは、いろいろな壁がある。そのサポートを手厚くして、一人暮らしを手助けするというホームになっております。私どもがやっているのはマンション型と言って、マンションを何部屋かご提供するという形を取らせて頂いていますが、一軒家タイプのものをやっていらっしゃる所は多いです。
絹: 世の中にはそういうグループホームがもう既に何軒もあるわけですか。
さ: そうです。もう満床状態が続いていて…。
 

●家主さん・地主さんのご理解があってこそ

絹: ところがですよ、例えば地主なり家主の立場に立ちましょうか。仮に私がお金持ちで借家を持っておりましたと。あるいは賃貸マンションを経営しておりましたと。「障がい者のグループホームをやりたいので、貸してください」と来られると、「んんん、ちょっと…」と躊躇うかもしれません。今回、成功裏に3月から発進されたということは、「いいですよ、借りてください」とおっしゃった家主さんは確実にいらっしゃったということですね。
さ: はい、いらっしゃいましたね。
絹: その方もすごい方ですよね。
さ: そうですね。何回か見に来られて「いいですよ」と言っていただけましたね。
絹: そこではやっぱり色々悩みだとか、交渉だとか、もっと言えばドッタンバッタンあったんですか?
さ: ありましたね。今も続いているんですけど。
絹: あれ、聞いてよかったかしら(笑)。
さ: いやあ、ちょっとね、がんばります(笑)。
絹: 僕は本当に奇特な家主さんがいてくださって、本当に良かったなと思います。世の中捨てたもんやないなと思いますね。
盛: 本当にそうなんです。ありがたいんです。今、2人入居が決まりまして、あとは順々に体験していただいて入居にいくという手順なんですけど。
絹: 世の中にはSDGsだとか、多様性だとか、かっこいい言葉が流れてますけど、そうやって賃貸型マンションで障がい者のグループホームをやるって、そっちの方がストンと腹落ちしますよね。現実にそういうことなんやと。たぶんご近所の方や大家さんは不安に思われたかもしれないけれども、盛武さんたちのなさっている事をご覧になって、きっと「ここやったら」と思われたに違いないというのは、なんとなくわかります。
 

●公営住宅の空き室でグループホームを

絹: 本当にその辺がすごい事に手を出されたなという感覚がしたもので、是非ここに来ていただいてお話を聞きたかったんです。私の知人の中にも障がいをお持ちの御子息がいらして、山田木工所という会社を経営されている山田さんが同じ思いをお持ちになっているというのをかつて知ったことがあります。障がい者のグループホームを色んな所で自前で建てたくて検討したけれども、なかなかうまいこと行かないと。今、山田さんが京都市の都市計画局の住宅室の公営住宅管理の人たちに交渉しているのは「市営住宅空いているでしょ、そこを貸して」と。そこで障がい者のグループホームをやりたいということを申し入れておられます。たしかさゆりさんはどこかで山田さんのことをご存じで、意識していらっしゃったということを、前おっしゃってましたよね。
さ: そうです。ココネット会議というのがあって、就労支援のための会議なんですけど、そこでハンデのある方の就労受け入れ先として山田木工所さんが紹介されていて、私は一方的に存じ上げているだけなんですけど、素晴らしい取組をされているなと注目をさせていただいてました。
絹: 色んな方々が色んな思いで活動されていて、その後姿を横目で見て、「この人すごいな」と思っている人は、例えば盛武さんのようにおられます。山田さんの活動も京都市の人たちが向島ニュータウンの中で空いている部屋を、愛隣館という障がい者のための社会福祉法人のグループホームに使ってもらって立ち上げたという事例が最近成立しました。これもまちづくりチョビット推進室の最近のゲストにお呼びしたのですが、京都市もただ何も仕事をしてないわけじゃなくて、公営住宅市営住宅の目的外使用という法律の壁があるらしいです。行政の方は今までと違う事をするとすごく抵抗があるみたいで、でも意味のあることだからと挑戦した行政マンたちが実際におりましてね、まずは社会福祉法人に対して空き室を使ってもらいましたと。「民間の山田木工所のような所にも開放したらどうやねん」と僕はそばでつぶやきますでしょ(笑)。すると「いきなり絹川さん、そこまで行けますかいな。そっちへ向けてちょっとずつステップアップしていきます」と今、頑張っておられます。
 

●もっと、もっと、ネットワークを広げたい

絹: 洛西ニュータウンの中にも京都府さんと京都市さんがコラボして空き室に障がい者グループホームの第二弾を計画されているという噂は聞きます。
ですから福祉法人の方は福祉法人で、全く民間からこうやって盛武さんのように一般のマンションを借りて動かしていかれる、そういう方が緩やかなコラボをして、「自分はこんなことをやったらうまくいったよ」「こんなこと困っているから助けて」という助け合いが起こって、行政と民間の交流が生まれるといいですね。
さ: はい。ネットワークいただきたいと思います。
絹: この間笑人にふらっといらっしゃったという徳永室長のこと、ちょっと教えていただけませんか。どんな人でした?
さ: すごく柔らかくて感じのいい人でしたね。
絹: 僕はあまり保健福祉局のことは知らないのですが、障がい者保健福祉推進室の徳永さんという方がふらっと笑人さんに訪ねて見にこられたと。ということは注目されているんですね。
さ: いやあ、たまたまじゃなかったですかねえ。
絹: 民間で頑張っている人、行政でサポートしようとしている人は探せばいます。そういう人たちを結びつけることができたら素敵だなと皆さん思いませんか?京都の中には黙ってこういうことをされている方がまだまだおられます。是非山科をお通りの際は、日ノ岡の交差点、てんぷら屋さん、どんなんかなと覗いてみていただけたらと思います。
両: よろしくお願いいたします。
絹: 是非応援を、サポートをお願いいたします。
この番組は心を建てる公成建設の協力と京都府地域力再生プロジェクト、そして京都市景観まちづくりセンターの応援でお送りいたしました。リスナーの皆さん、てんぷら屋さん、笑人、どんげね。覚えてくださいね!ありがとうございました。
両: ありがとうございました。
投稿日:2022/04/22

第174回 ・鹿谷ワンダービレッジって何?~亀岡を有機農業の町にするムーブメント

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玉: 玉山 久高 氏(株式会社玉山工業 代表取締役)
る: 玉山 るりこ 氏(夫人)
絹: 絹川 雅則(公成建設株式会社)
       (左:玉山 久高 氏  右:るりこ夫人)

 

絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た元気なまちづくりびとのご紹介や、その活動の最新のエピソードをご紹介しております。いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
さて、本日のゲストのご紹介です。思いっきりご近所さんなんです(笑)。この方をゲストにお呼びするというのは、最初予想もしておりませんでした。偶然、次のゲストの方が私の自宅の真ん前に引っ越してこられたと(笑)。こんな事件もそうないと思いますが…。
ご紹介申し上げます。株式会社玉山工業代表取締役玉山久高さんです。玉山さん、よろしくお願いします。
玉: はい、よろしくお願いします。
絹: そしてその奥さまのるりこさん。玉山るりこさん、よろしくお願いします。
る: はい、よろしくお願いいたします。
絹: 番組の中ではお二方のなれそめはなんてことは、聞かないようにします(笑)。リスナーの皆さん、このお二方、とんでもないことをしているんです。おいおいお話をしてまいります。では玉山さんご夫妻と決めました番組タイトルを申し上げます。「鹿谷ワンダービレッジって何?亀岡を有機農業の町にするムーブメント」と題してお送りいたします。
玉山ご夫妻とはまだ本当にお付き合いが浅いんです。この間ゲストの出演交渉に会社に行って、少しお話をさせていただきました。まあ、なんというか面白い方みたいです。玉山久高社長は、武闘派でもあらせられて、芦原空手ってマニアの人ならご存知かもしれませんが、フルコンタクトの空手を若い時にやっておられて、奥さんに「怪我が続くし、そろそろやめたら?」って、今おとなしくされていると(笑)。
る: そうです(笑)。
絹: ご本業はものづくりと申しますか、プロの職人さんたちをネットワークして、京都の中小企業の先駆けと言いますか、新たな生産ネットワークに挑戦されているというところと、「セブンシー」というチームも率いていらっしゃいます。が、今日は全然それとは違うんです。
この番組のヘビーリスナーの方々でしたら、進行役の絹川君が手を抜いて、自己紹介の代わりに他己紹介をやるということをご存知だと思います。今日はまずウォーミングアップの代わりに玉山久高さん、質問です。奥さまのるりこさんとはいかなる人物ぞ、短く述べよ。
玉: 体温も高いんですけど、心も温かく、温かみのある女性だと思います。
絹: 合格!では奥さまのるりこさん、パートナーの玉山久高さんはいかなる人物ですか。短くお述べくださいませ。
る: 夫であり、兄であり、友人であり、とても信念が強くて、懐が深くて、思いやりがあって…、ほめ過ぎやね(笑)。帰りにご飯を奢ってもらいます(笑)。
絹: はい(笑)、今日のゲストはこういう方々です。
 

■エピソード1 鹿谷ワンダービレッジって、そもそもなに?

●25,000㎡の原っぱ?
絹: 皆さん、鹿谷ワンダービレッジって、ご存知でしょうか。私は人に誘われてまいりました。僕は亀岡にあまり土地勘がないのですが、直近のインターチェンジどこでしたっけ?
玉: 一番近いのが大井インターですかね。
絹: 車で行きました。京都市内から縦貫道を使いますから、僕の家は上京区で、そこからだと40~45分で着きます。そういう距離になんと25,000㎡の広大な原っぱと言いますか、耕作放棄地があります。私の知人が「絹川君、悪い事言わんから一回覗いてみいひん?」と言われて、仕事をさぼって覗きに行きました。ところが耕作放棄地と言うから、ボロボロの所かと思ったら、スタッフの方々が湿地帯を畑などに戻されて、日本の原風景みたいな形になって、「誰が来てもええよ」という原っぱがドーンとあるんです。それが「鹿の谷」と書いて鹿谷ワンダービレッジという愛称で、サポート会員は今、180人とおっしゃいましたよね。
そんな広い所、畑にもなるし、遊び場にもなるし、温室もあるし、拠点のハウスもありました。ここでちょっとだけホームページの一部を読みます。
 

●鹿谷ワンダービレッジのホームページから

鹿谷ワンダービレッジ
約25,000㎡の広大な土地と田畑。
この地をみんなで手作りしていく。
それが鹿谷ワンダービレッジです。
私たちが目指すのは
「自然とともに生きるこれからの暮らし」を
みんなでつくること・

・滞在/宿泊もできる自然栽培農園
「Wonder Farm」
・移動式キッチンカーカフェ
「Wonder Café」
・プレハブ小屋の宿泊施設
「Wonder Guest House」
竹/木で作る子どもの遊び婆
「Wonder Kids Fields」
ヤギやポニーとふれあう
「Wonder Animal Park」
……

       (鹿谷ワンダービレッジHPより)
 

●オーナーはうちのお向かいさんだった!

絹: これは将来計画も現在できているのも含まれているようですが、こういう所の存在を知って、絹川君はショックを受けました。無茶苦茶居心地ええやんかと。このオーナーどんな人?って、スタッフの人たちに聞いたら、「偶然、絹川さんのご自宅のお向かいに越してきましたよ、オーナー」と(笑)。こんな偶然あるかいなということで、ご無理を言って、ゲストに来ていただきました。ではここでマイクをゲストのお二方にお渡しして、僕の言葉では伝わりきらない、ワンダービレッジ、なんでこんなんしはったん?というところから、口火を切っていただけますか?
 

●コンセプトは“フィンドフォン”というスコットランドの不思議な村

絹: この鹿谷ワンダービレッジのホームページの最後には、「Presented by 風韻土本(ふぃんどほん)」と書いてある。この「風韻土本(ふぃんどほん)」って、マニアの人というか、ある種の人はよく知っている言葉なんです。僕、実はそれに引っかかったわけです。ピーンときて、「え、フィンドフォンって、こんなとこに?」って。その辺りも含めてお願いします。
る: いえいえ、漢字は当て字なんですけど、コンセプトはフィンドフォンをモデルに考えているんです。
絹: スコットランドにあった不思議な場所で、そこで色んな人たちが集まって、荒れ地なのになぜか巨大な作物が育ち始めたという、色んな現象が起きたという文献はかつて読んだことがあります。
る: とても特殊な能力のあるヒーラーの方がいらっしゃって、数々の方の病気を瞬時に治したりとか、そういったことを、私も文献で読みました。
絹: 日本からもフィンドフォンに訪ねに行かれた方が何人かおられたり、そこはそういう不思議なことだけではなくて、ちゃんと精神科医や心理学者など、学術的な背景を持った人たちもそのコミュニティにたくさんおられたということを読んだことがあります。
     (facebook“風韻土本~ふぃんどほん~”より)
 

●農業を中心に自由に楽しんでもらう 子どもも大人も

絹: さあ、そのフィンドフォンという名前を冠された方々、イコールこのオーナーであるお二方ですが、このワンダービレッジでは今、何が起こっているのでしょうか。
玉: 始めたのが2015年ですからちょうど7年前ですか。
絹: 2015年の3月にオープニングイベントがあったのよ、と教えていただきましたよね。
玉: 志は高く、頑張ってやってきました。今、プロデューサーとして持田さんという方を中心に企画運営をしていただいています。元々彼はイベント屋なので、みんなに来てもらって、自由にというか、農業を中心に楽しんでもらいたいと。自然の中で子どもたちは遊び、大人たちも癒されながら活動して、週末は特にイベントが多いので、また月曜日から日常の生活に戻って頑張ってもらうという形でやっております。
絹: 先日二度目の訪問をさせていただいた時に、寒い日でした。焚火を焚いていただいて、焚火の周りにコアメンバーと言うか、寒いのにわざわざ来る物好きな連中(笑)、色んな男性も女性もおられました。鹿谷ワンダービレッジのスタッフの方たちもおられて、「さあ、みんな今年は何をしたい?」という相談事から始まる輪の中に、私も座らせていただいて、オーナーである玉山ご夫妻はお話を聞いていますと、「好きにして」と(笑)。
玉: そうですね。みんなが楽しめるように。
 
                (鹿谷ワンダービレッジHPより)
 

●食の大切さを伝えたい

絹: 本当に里山の日本の原風景と言える場所です。ちょっと歩いたらバッタが飛び出す、色んな野草も摘み草をして、野草料理の専門家の西本方さんを呼んで、一緒に野草料理を楽しんだり、鯉こくを作ったり、お汁粉を作ったりというイベントを丁寧に積み重ねて、「みんな来て」と。
「ここへ来ると何かちょっと元気になれるかもよ」というオープンデーという仕組みをつくっていらっしゃいますよね。そこに180人の登録者がいる。今で180人ですから、これからどんどん増えていくような気がしますね。オーナーご夫妻も時々はお顔を出しに行かれるんですか?
玉: そうですね。
る: 時々は時間の空いた時に参加しますし、皆さんが食の大切さということに気付いていただいて、今日食べた野菜は自分の体の細胞になっていくということを、本当にその根本的な大切さに気付いていただけたらと。ここで作った美味しい野菜を食べて、元気になっていただけると思いますし。
 

■エピソード2 農業学校構想のこと ~有機農業のプロを育てたい ~

●元々の発想は学校で、そこから村づくりへ
絹: 私はそのオープンデーに、「スタッフの方々、コアメンバーの方々、好きにここでやってもいいよ。色んな事を発想して」というフィールドに、何か引っ張られるような形で覗きに行ったのですが、オーナーご夫妻の思いの中にはそういう鹿谷ワンダービレッジという広大な場所を通じて、農業学校構想というのがあるそうですね。そのことについて少しお話しいただけませんでしょうか。
玉: 元々の発想は学校なのですが、農業を亀岡だけでなく、日本全体で健全な形で引き継いで行こうと思うと、どうしても村づくりをしていく必要がありまして…。農地もあって、山もあって、そこが循環しているなかで、村づくりをしていかないと、農業だけを考えてもなかなか難しい。また、農業をコアに生活をしていただける人を育てていくというのが、社会的な課題でもありますので、学校をやっていても、亀岡で目指したいのは本当のプロの中規模以上のプロの農家さんを、有機農業者を育てられるような学校を目指して構想中です。
 

●25,000㎡の土地、お貸し頂いている部分が多いんです

絹: 広大な25,000㎡という耕作放棄地をポンとお買い求めになって…。
玉: そこはちょっと微妙で(笑)、何分の1かは私の所有になっているんですが、あとは村の方々に無償でお貸し頂いてます。
絹: そういうことなんですか!要は耕作放棄地として置いておかなければならなくなってしまっていたのを、玉山さんご夫妻が来られたことによって、放っておかなくても済むと。世話してくれたら助かるんやけど、借りてくれる?無償でと。
る: 放っておけば土地は荒れますし、草もぼうぼうに生えてきて、ひどい所は葦みたいな、もうどうしようもない状態になっていくのですが、スタッフの皆さんに(本当にご苦労なのですが)、いつも暑い中も草刈りをしていただいて、丁寧に管理してもらっているおかげで、あんな風に蘇ったという。貸していただいている方もそれを見て、喜んでいただいていますし、それは良かったなと思っています。
 

●亀岡市役所としても有難い話で

絹: すごいことを、今、奥さまはさらっと言われましたけど、実は亀岡市の市長さん、桂川さんという顔の濃い市長さんがいらっしゃるんですけど(笑)、亀岡市役所にとってもなにかすごいうれしいらしいですね。あんな事をしてくれる人が来たと。耕作放棄地が知らんうちに蘇っているやんかと。そこで「子どもたち来てもいいよ」とか、「一緒に遊び場つくろう」とか、「ええー、この人何者?」と思っているに違いないけど、でもうれしいというところでしょうね。地元の役所の人にしたら。
そういう遊び場だけでなくて、農業学校をつくっていきたいと。プロの中規模農家養成というのは、有機農業専業で食べていける人たちを養成するためにということですよね。リスナーの皆さん、めちゃくちゃ奇特だと思いません?
 

●専業農家を育成する意味でも、食生活の啓発の意味でも

絹: 玉山さんに教えていただいたんですけど、今も農家さんはおられるけれども、兼業農家さんがほとんどだと。専業で食っていける、年収で1000万円くらいあって、家族で食っていけるというような人はなかなかいらっしゃらないと。えらい難しいテーマに挑戦しておられますね。
玉: これは一番難しいビジネスじゃないかと思いますね。
る: でもやっぱり何はなくとも健康が一番じゃないですか。私もたまたま昨日、刀根健さんというステージ4の癌から生還された方の『僕は、死なない。』という本を目にして(まだ途中までしか読んでいないのですが)、そういった方々がまず考えられるのが、食生活の見直しからなんです。皆さんが普段色々悩んでいらっしゃる病気の数々は、やはりそれが起因していることもたくさんあると思います。それの啓発になれればいいと思いますし、子どもたちのためにも、最近は昔にはなかった病気が多いじゃないですか。やっぱりそれも食生活から来ている所が多いと思いますので、皆さんにそういうことの大切さというのを知っていただくことに繋げていくためにも、農業学校というのは大事だなと思います。
 

●オーガニックnicoの中村社長が農業学校の校長に?

絹: 一見聞くと、堅苦しいように聞こえるけれども、全然そんなこと、鹿谷ワンダービレッジに行ったら感じないんですよね。大きく手を広げて「おいで!」って、言ってもらっている。
その実、非常に大真面目にオーガニックnicoという会社の中村社長(この分野では有名な方らしいです)を校長に招聘するというような準備を進めていらっしゃるとお聞きしました。この方はなんと10年くらい前から有機農業に取り組んでいらっしゃって、元オムロンのレーザーの研究者であられると。この中村社長のお父上が京都大学の農学部で土づくりの研究をされていたり、シュタイナー教育の本を翻訳されていたりするという方です。ある種の方には「えー!シュタイナー!」とかっていう感じになるかと思います。
そして非常に居心地のいい、みんなが寄るとホッとする鹿谷ワンダービレッジでありながら、その実、ちゃんと食っていける有機農業のプロを育てたいという壮大な構想も、「一般社団法人一宇」をおつくりになって支えていこうとするご夫妻がここにおられます。そしてみんなで野菜づくりにチャレンジと。ホームページを見ますと子どもたちが田植えしている姿があります。
時間も押してきましたので、今後予定されているこんなイベントがあるよというのを、告知いただけますか。
        (鹿谷ワンダービレッジHPより)
 

●鹿谷ワンダービレッジ、3月のイベント告知です!

る: 今のところの予定ですが、3月の12日(土)と13日(日)にピザ窯づくりを予定しております。そのあと3月27日(日)にお米作りの準備のために、苗づくりをイベントとしてする予定です。
絹: 進行役の絹川は下心がありまして、私の初孫が今3歳でございます。息子夫婦が亀岡に住んでおります。わが初孫が育っていく時に、田植えの真似事、それから里山の日本の原風景の中で駆け回ってトンボと遊ぶ、そういう風にならへんかなあというスケベ根性をもって(笑)、取材をしております。
私と同じような思いを持っている親御さんや爺さん婆さんはたくさんいると思いますので、もし鹿谷ワンダービレッジの存在をお知りになった方々は、是非一度覗いてみられることをお勧めします。本当に癒されると言いますか、また来たいなと思わせる場所です。そこは日々、どうやら進化しているようでございます。
る: なんの垣根もありませんし、お子様だけでなく、仕事に疲れた方でも、いつでもどなたでも覗いていただいて、普段の仮面を脱いで、本当に自分らしく生き生きと過ごしていただける、みんなウェルカムで迎えてくれると思います。あったかい人たちばかりなので。
絹: 25,000㎡をポンと玉山さんが買わはった!なんと剛毅な人や!と思っていたら、違ったみたいです(笑)。一部その土地をお買い求めになったことで、周りの方がそんな奇特な方がいるのなら、この土地も、この土地もと寄って寄って寄って25,000㎡になったと。これ、奇跡みたいな話ですよね。
る: 最初はなかなかね、外から来た人たちなので、「ちゃんとできるの?」と思っていらっしゃった方もいらっしゃいましたけど、だんだん信頼して頂いて、「うちも借りてください」って、どんどん名乗りをあげていただいている感じです。
 

●古い家をシェアハウスに そして温室も

絹: それで宿舎と言いますか、古いお家も借りて、シェアハウス的に運用をしようという実験的な事もされていたと聞きますし、温室も立派な温室を持っていらっしゃるとか。
玉: それはnicoさんと一緒につくったんです。
絹: リスナーの皆さん、本当に奇特なご夫妻がここにおられます。でもこんな方々が自分たちの周りにおられるということが1つの救いだと思いますし、是非お気づきになられた方は、亀岡の鹿谷ワンダービレッジ、検索するだけではなくて、覗いてみられてはいかがでしょうか。
この頃、若い方の中には、農を求めて、農への回帰を果たそうとする人たちが増えてきています。また、そういう方だけではなくて、実際の兼業農家の跡継ぎさんの中でも悩んでいらっしゃる方、「農業をやりたいけれども、やればやるほど赤字になる。でも先祖伝来の田畑をなんとか守りたい」という方々に1つの回答を提出できないかと模索していらっしゃるのが、このご夫妻だと感じております。是非鹿谷ワンダービレッジ、そしてオーナーである玉山久高・るりこご夫妻、ご記憶の片隅に入れていただければと思います。
この番組は心を建てる公成建設の協力と京都府地域力再生プロジェクト、そして京都市景観まちづくりセンターの応援でお送りいたしました。玉山久高さん、るりこさん、ありがとうございました。
ありがとうございました。
投稿日:2022/02/10

第173回 ・藤ノ木セカンドハウスはじまるよ~市営住宅の空き室利用、福祉活用では第一号事例?

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山: 山内 忠敏 氏(向島藤ノ木学区民生児童委員協議会 会長/藤の木子どもキッチン 代表/藤の木セカンドハウス 代表理事)
大: 大下 宗幸 氏(公益社団法人 京都市ユースサービス協会 京都市中央青少年活動センター チーフユースワーカー)
絹: 絹川 雅則(公成建設株式会社)
     (左:山内 忠敏 氏  右:大下 宗幸 氏)

 

絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た元気なまちづくりびとのご紹介や、その活動の最新のエピソードをご紹介しております。いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
さて、本日のゲストでありますベテランの男性とお若い男性のお二方、今日は色気がないですねえ(笑)という感じです。失礼いたしました(笑)。ではご紹介申し上げます。藤ノ木セカンドハウス代表理事をお務めになっております山内忠敏さん。
山: はい、よろしくお願いします。
絹: お願いいたします。そしてもうお一方、同じく藤ノ木セカンドハウスの事務局長をされています大下宗幸さん。
大: はい、よろしくお願いいたします。
絹: 番組のヘビーリスナーの方でしたらご存知の通り、絹川は手抜きを行っております。ゲストのご紹介を他己紹介という形で、まずは大下さんにお手伝い頂きます。大下宗幸さん、藤ノ木セカンドハウスの山内代表理事とはいかなる人物ぞ、短く述べよ。
大: 山内さんは、僕の約倍くらいの年齢を重ねておられるベテランの方なんですけど、すごくエネルギッシュで負けてはならないと、いつも活力を頂いております。
絹: ちょっとすると師匠筋に当たる方ですか?
大: いや、師匠というよりも仲間みたいなところがありますね。仲間でもありますし、人生の大先輩でもありますし(笑)、そのエネルギーにいつもあてられて、こっちもがんばらんと!と、いつも思っています。
絹: ああ、いいですねえ。そうありたいですねえ。
それでは山内代表理事、大下さんは仲間だと言ってくださった、大下さんとはいかなる人物ぞ、その人となりをお願いします。
山: はい、まさに仲間の一人で、4年前くらいに初めて知り合ったのですが、こんだけ頑張っている若者がいるんかと、びっくりしました。
絹: 新しいですね。4年前ですか。
山: もっともその前に若干知っていたかもしれませんが、深く付き合うようになったのがそのくらいで、私がこの仕事を始めるにあたっての一番の理解者ではないかと思いますね。わからないことを聞きに行ったり、「ここはこうしたらいいぞ」ということを教えてもらえるので、良い仲間であり、だから先輩後輩とか関係ないですよね。
絹: ほう、心強い。ありがとうございます。リスナーの皆さん、こういうお二方です。
それでは本日の番組タイトル、テーマを申し上げます。「藤ノ木セカンドハウスはじまるよ~市営住宅の空き室利用、福祉活用では第一号事例?」と題してお送りします。
さて、まずエピソード1ですけれども、そもそも藤ノ木セカンドハウスって何?みたいなところを紐解いていただけたらと思います。
 

■エピソード1 そもそも藤ノ木セカンドハウスってなに?

●一言で言いますと、それは居場所です
山: 一言で言いますと、子どもから大人までそこへ来て寛げる居場所になるような場所。
絹: 居場所!いいキーワードですねえ。
山: はい。もうこれしかないんですよ。
絹: 私自身も地域の居場所、まちの縁側、サードプレイスという言葉に、何か知らんけど異様なこだわりがありまして(笑)、その辺是非お聞かせいただきたいです。セカンドハウスは居場所であると。
 

●下校後の子どもたちが気になり始めたんです

山: その手始めが子ども食堂なんです。夕方5時くらい、今ですと真っ暗になってますね、例えば児童館を5時に終わった子どもたちが、家に帰ってもお父ちゃんお母ちゃんがいない家庭があるんですよね。その子たちの居場所、どないしてるんやろと。晩飯食っとるんやろかと。勉強しとるんやろかというのが気になりましてね。それがこの春ごろ、ぐっと思いが募ってきたんですよ。それを仲間である大下さんあたりに「どないしたらええんやろ」という話を持って行ったところ、たまさかその時期に同じ向島でグループホームができたんですよね。
絹: 例の愛隣館ですね。愛隣館の浅田さん(浅田 将之 氏:社会福祉法人イエス団 愛隣館研修センター インクルーシブ社会実現部 愛隣グループホーム 主任・第166回放送出演)もこのスタジオに座ってくれた時期があります。でもそれとはまたちょっと一味違うセカンドハウスなんですね。
山: はい。これは福祉目的としては京都で第一号になるんです。福祉目的ですから、子どもたちからは1円もお金は徴収しないんです。だから全部持ち出しになりますので、「家賃払ってたらやっていけへん」になるんです。それで京都市の担当の方に、「まずお部屋を貸してください。」と。「え?」という話から始まったんですけど、その辺の所は一番よく知っておられる大下さんにお願いしたいと思います。
絹: その前にリスナーの皆さんのためにちょっとだけ整理をしたいと思います。今、山内さんがおっしゃっているのは、向島市営住宅の8街区3棟116号室、空いていた部屋を京都市に対して、「貸して、子どもたちの居場所がないやんか」と。というのを大下さんに「どうしたらええ?」みたいな相談をかけられたと。
(場所:向島市営住宅8街区3棟116号室(京都市伏見区向島丸町4-7))
 

●相談した京都市にも「いいね!」と言ってもらえて

大: いや、相談されましたっけ(笑)という感じですけど。たぶん一緒の場にいて「ええやん、ええやん」と言っていたんですよね。それが今年の4月くらいですね。で、大阪などにそういう事例がいっぱいあるんですよね。大阪の公営住宅を使った子どもの居場所だったり、若者の居場所だったり。当初、この一年間はそういった事例とかを勉強しながら、色々呼びながら、言葉で選ばないで言うならば、それで京都市に圧力をかけていこうと(笑)。これは必要なんだと。子どもや若者という状況もあるし、大阪はやっているやないかと。京都は何をやっているのやと。まちづくりの政策も終わって(まちづくりの政策は前の4年間あったのですが)、その助成金も終わってしまって、放っておいたらどんどん活動が縮小していくんですけど、子ども・若者ニーズは、僕らが関わっている中で見えている。そこで「あかんやろ」というのをこの一年間でやろうと思っていたんです、実は。僕らは圧力団体みたいになって、ワーッと言っているのかと思っていたら、京都市の人が意外に「いいね!」と言ってくれたんですよね(笑)。めちゃくちゃいい人で(笑)。
絹: そのめちゃめちゃいい人のお名前を、よかったら…。
大: 長谷川さんとか、松村課長(松村 亙(わたる) 氏:京都市 都市計画局 住宅室 住宅政策課 ニュータウン企画調整担当課長)とか、めちゃくちゃいい人で。
絹: 長谷川さんて、京都市都市計画局の住宅室の課長補佐の長谷川 源太さんですね。
大: そうですね。全然話がわからへんヤツかと思っていたら、めちゃくちゃいい人で(笑)。
山: めちゃくちゃというよりも、我々が大きな風呂敷を広げてるんですけど、それに感動していただいたような感じで。
大: 仲間という意味では京都市の方々もまさにそうで、最初は仲間と全く思ってなくて、どうやったら説得できるのかみたいな感じで(笑)。
 

●ぐるっと回って繋がりました

絹: 今、そのエピソードをお聞きして、大きな偶然が働いていたことに気が付きました。圧力団体という誤解を受ける言葉ですけど、いい意味で京都市に対してプッシュしていらした。時期を同じくして、ここに座っております絹川くんも同じ圧力を多方面からかけておりました。長谷川補佐の傍に座っている住宅室の課長さんで、菱崎さん(菱崎 裕之 氏:京都市 都市計画局 住宅室 住宅管理課 課長・第166回放送出演)という方がおられて、そこの若い杉山さんもこのゲストに来てくださった方なんですけど、菱崎さんが松村さんを連れてこられて、この山内さんと大下さんを紹介したいと。
大: あ、そういう事だったんですか(笑)。理解できました。
絹: 僕は公営住宅の空き室で愛隣館の障害者グループホームができたと。それを1つで終わらせるつもりじゃないですよね、皆さん。というそういう優しめの圧力を、つぶやきを(笑)。
山: うれしいですねえ。色んなところから助けてもらっているんだ。
大: 本当にそうですね。
絹: 僕は本当に空室を、公営住宅だけじゃなくて、民間の空家も地域課題の解決のために使うことができればと思っているんです。僕は本職が建設屋ですから、大きい工事が出なかったら自分の首が絞まるんですけど(笑)、でもリノベーションで工事の費用を抑えてでもやらなあかんことができたらいいじゃないですかという話を、都市計画局の若手の人としていたんです。そしたら同じ思いの人がおられたと。すごい偶然!
山: こんな偶然て、あるんですね!
 

●居場所づくりに家賃は大きな問題でしたが

絹: それで大下さん、セカンドハウスが始まっちゃうわけですね。子どもたちからはお金は取れないよと。家賃安くしてねという交渉はされたんですよね。
大: それは山内さんがいつの間にかしていて、「0にならんやろか」と(笑)。「いや、0はさすがに…」みたいな話で(笑)。
山: 長谷川さんと杉山さん(杉山 有紀 氏:京都市 都市計画局 住宅室 住宅管理課 主任第163回放送第165回放送出演)とは、ある時期週一くらいに会っていたんです。会うたんびに「家賃、安うしてね、安うしてね、0にしてね」という話をしたんですが、「いいや、それはムリ」という話はあったんですが、でも最終的にはほぼほぼ一致する金額になってきたし、それからさらにいざ納付書をもらった時に、「わ、ここまでしてくれはったんや」というのは思いましたね。ですから我々は少ない資金の中で、家賃にかなり取られると辛いものはあるのですが、少なくなりましたね、だいぶ助かりました。
 

●色んな人や団体に協力をいただいて

絹: まちの縁側や地域の居場所を運営していらっしゃる先達を訪ね歩いた日々もかつてはあったんですけど、皆さんその運営の資金に苦労され、「私はいつも金欠病よ」とおっしゃっていますけど、なぜかそういう人の集まる場所と言いますか、縁側とか居場所、子どもたちの居場所、高齢者の居場所、若者たちの居場所をやっている人たちの所には、人がまず集まる。それと情報も集まる。助け合いが自然に起こるという、不思議な異空間が顕れている場面を幾度か見ました。藤ノ木セカンドハウスがそうなっているわけですね。
今のところはまずは子ども食堂を、第一回がいつ頃始まったんでしたっけ。
山: 12月の8日が第一回です。
絹: じゃ、ほんとのほやほやじゃないですか。
山: 実は「使えるよ」と聞いたのが、9月の頭です。それから1年かけてやろうと言っていたのが、1年先取りしたわけですから、大慌てで「まずお金が要るやん」ということで、資金の調達も始めましたし、びっくりしました。なんとかそれでも…。
絹: 9月に「ええよ」と出て、よく3月で…。
山: まあ、自分でもびっくりするくらい走り回りました。お陰様で予定している全額ではないんですが、3分の2は集まりました。
絹: それはやはり浄財が集まると言いますか、寄付を呼びかけられたとか、助成がついたとか…。
山: 助成がつきましたね。
絹: やっぱり天は我を見捨てずという感じですね。
山: まさにその通りで、なければ12月のオープンは考えられなかったでしょうね。
大: よくやりましたよね。物を集めて、理事会してみたいな。色んな理事になってくれませんかとか、協力してくれませんかみたいなことを色んな団体さんにも呼び掛けて、「しっかりつくってみたんです」と言っておられたんですけど、任意団体なんですけど、色んな事業者、色んな地域の方に入っていただいて。
絹: 食器も要るでしょうし、組織固めもいるでしょうし、会社で言う定款みたいなものもいるでしょうし。
山: 規約と組織については大下さんが頑張ってくれました。私は食器集めを(笑)、それこそもうあっちこっち電話をかけて(笑)。
絹: それは大事!紙皿で食うわけにはいきませんから。
山: 私の思いは、ほんまもんを使いたい。プラスチックは嫌やと。そして紙皿は今のSDGSに合わないと。なので食器は陶器、割れたら割れた時のこっちゃ、割れるのが当たり前やと。子どもたちにも割れた時の処理の仕方も知ってもらいたいというので、私はもう絶対に陶器にこだわるということで、知り合いに「陶器でちょうだいね」ということでお願いしました。
 
 

●民生児童委員って、ご存知ですか?

絹: ここで手元資料からちょっとだけ読みます。
当団体は、平成29年10月から児童館にて子ども食堂を開催しており、こうした取り組みが評価されて、令和元年10月に「第1回食プロジェクトSDGS Food ACTION AWARDSにて月桂冠賞を受賞」とあります。当団体というのは藤ノ木子どもキッチン実行委員会さんのことです。という伏線があったんですね。
山: はい、お陰様でいただきました。今年度は子ども育み憲章で賞をいただきました。
絹: やはり地道に活動を続けてこられた延長線として、今回の藤ノ木セカンドハウスを行政の都市計画局の面々に交渉されて勝ち取られたというわけです。リスナーの皆さん、これも補足情報ですけど、山内代表理事の別の呼び名と言いますか、背景として向島藤ノ木学区の民生児童委員協議会の会長さんであられると。ということは民生委員さんをごっつう長いことやっておられるに違いないと。
山: いやいや、実は10年ほどなんです。言い方はナンですが、騙されまして(笑)。「名前だけでええよ」と。
絹: 人はよう言わはります(笑)。結構、ええ人が騙されます。
山: で、だんだんだんだんとのめり込まされまして、今はこんな状態なんです(笑)。
絹: リスナーの皆さん、民生児童委員さんて何をしたはるんやろって、ご縁のない方はご存知ない方も多いと思います。今日のエピソード、子どもキッチン藤ノ木セカンドハウスに類することまで、実は民生委員の方々は地道に活動されているようです。
山: これもみんな仲間がおりまして、私が会長やから「おい、やるから」と言ってできるものではありません。「こんな話があるんやけど、できるやろか」と言ったら「やろうやないか」ということで、委員のメンバーがみんな、「私にできることがあったら手伝うよ」と言ってくれたので、たぶんできたんやと思います。
 

●京都市ユースサービス協会と子ども食堂と

絹: 良い関係ですねえ。で、大下さんはその盟友と言いますか、仲間。その大下さんについても補足を入れますと、公益財団法人で京都市ユースサービス協会というのがありまして、大下さんは京都市中央青少年活動センターのチーフユースワーカーでもいらっしゃいます。青少年活動センターについては、私は山青こと、山科青少年活動センターの大場さん(大場 孝弘 氏:公益財団法人  京都市ユースサービス協会 京都市山科青少年活動センター 参事・第126回放送第131回放送出演)というベテランを存じ上げております。大間さんも山青も、山科で子ども食堂ネットワーク構想を立ち上げて、たぶん十指に余る子ども食堂を山科で繋いでいらっしゃるはずです。
大下さんの活動にはそういう背景があって、だからこそ定款はじめ、色んな準備が着々とできたんですね。
大: 私は前職で環境のNPOをずっとやっておりまして、それもあったのだと思います。
絹: いやあ、集まるべき方が集まられたという感じですね。セカンドハウスについて口火を切っていただきましたが、公営住宅、具体的には藤ノ木団地の空き室を用いて、こういう活動に着手されました。セカンドハウスは子ども食堂で恐らくは終わらないであろうという噂がちらほらと私の耳にも届いております。この先、セカンドハウスはいかなる形にという話を、次のエピソード2と言いますか、もう終わりに差し掛かっているんですが(笑)、どうですか?
 

■エピソード2 藤ノ木セカンドハウスのこれから

●子どもだけでなく、若者も、地域も…、夢は次々ふくらんで
大: 今は子ども食堂だけなんですが、子どもだけではなく、私もいますので、若者みたいなところ、プラス地域みたいなところの関係が紡がれるような場所になったらいいな、そのための拠点にしたいなと思っています。例えば来年1月以降ぐらいから、今は子ども食堂は小学生ぐらいなのですが、私たちの活動の主な対象である中学生以上に向けた若者食堂をやろうかと思っていますし、来年度以降は地域の住民の方と子どもや若者が交流できるような事業であるとか、子どもや若者がまちに参画するような機会をつくりたい。そういった活動を藤ノ木セカンドハウスを拠点としてやれたらいいなと思っております。それ以外にも外国にルーツを持つ方が多く住んでいるエリアでもありますので、多文化共生に関するような居場所機能などもやれたらいいなと夢を語っています。プラスそれをどうやってやるのか、人財や資金など課題ではあるのですが、つくる楽しさと言いますか、今日もラジオが始まる前に山内さんとヤイヤイ悪だくみをしていたところです。
 

●3L APARTMENTプロジェクトのこと

絹: そういう野望と言いますか、次なる夢をお持ちのお二方ですから、おそらくはご存知の情報とは思いますが、伏見区での田中宮市営住宅での龍谷大学と京都市の握手、お耳に届いていますか?
大: そうですね。三木さん(三木 俊和 氏:有限責任事業組合まちとしごと総合研究所 グローカル・シンカー・第165回放送出演)とはものすごく仲良くさせていただいています。
絹: なんてプロジェクト名でしたかね。
大: 3L APARTMENT”ですね。
山: 昨日も会ったのですが、そこの学生さんが来てくれていました。また違う取組なので、学生さんが見に来てくれまして、めいっぱいお手伝いをしてもらいました。
絹: その“3L APARTMENT”プロジェクト(第165回放送)は、龍谷大学の学生さんが3年間に渡って田中宮市営住宅の空き室に京都市が少し補助をされて、確か25,000円の月額家賃で安く入れる。だけどそれだけじゃなくて、地域活動だとか、地域のお祭りだとか、子どもの見守りだとか、地域のために学生の知恵で考えてやってねというのが、すごくうまくいったというプロジェクトでしたね。それと大下さんがおっしゃっていることって、すごく一脈も二脈も通じますよね。
大: ほんとそうなんです。その“3L APARTMENT”にも京都市の長谷川さんも尽力されていて、同じような事を語っていますね(笑)。
絹: 京都市がつくった“3L APARTMENT”のプロモーションビデオを見せていただいて、感激して、勝手にコピーしてあっちこっちに配っているんです(笑)。
 

●私の大きな構想として

山: 行政らしくない動きをしていただいたので、今、私たちはこうしたこともできるし、当初食堂だけだと言っていたのを、だんだん広げた話をしていっても、「うん、いいよ、いいよ」という話になってきて、今、私の方として考えているのは、高齢者の居場所をお昼にお茶と200円か300円でうどんかカレーが食べられる、2時間か3時間いてもらえるような場所づくりにしていきたいと。そうすると昼間の時間が使える、夜は夜で子どもたちが来て、あるいは学生、中学生や高校生が来て、そこで食事をする。そしてもう1つ言えば、今、藤ノ木の子ども食堂を卒業していった子が、今度は中学生高校生の食堂へ行って、そしてそれが帰ってきてボランティアとして食堂を支えてくれるというのが、私の大きな構想なんです。死ぬまで頑張らないけません。
絹: はあ、いいですねえ。いやあ、死ぬまで頑張っても足らんかもしれません(笑)。と言いますのは、京都市の市営住宅はたくさんあるので。でもまずはここの藤ノ木団地で、これは素晴らしいです。
リスナーの皆さん、これまでお聞きになっていかがでしたか?我々の知らないところで、行政らしからぬ動きを引っ張り出したお二方がこの目の前におられます。地域の課題、公営住宅・市営住宅が空いて困った。家賃取れないし困った。子どもたちの居場所がなくて心配や。と相談されたら「いいよ」と言った長谷川さんたちという行政マンが実際におられます。どうです?京都市は変わって来たでしょう?
山: 昔の行政マンらしからぬ人たちと会えたので、私は今もう最高と言っていいくらいうれしいですね。
絹: 無責任な民間人の第三者ではありますが、こういうちゃんとした仕事をする前向きな行政の方に出会った時には、是非皆さん、拍手するなり、握手するなり、ハグするなりしてあげてくださいね。
ということで、本当に短いあっという間の時間ですが経ってしまいました。この番組は心を建てる公成建設の協力と京都府地域力再生プロジェクト、そして京都市景観まちづくりセンターの応援でお送りいたしました。お一言ずつどうぞ。
山: できればご支援をお願いしたいです。もうその一言です(笑)。
大: ご支援お願いします。
絹: リスナーの皆さん、ありがとうございました。
投稿日:2021/12/27

第172回 ・みんなで作るお祭り「ツクル森」の紹介~京北でスゴイ化学反応が起きてます!

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フ: Feilang Tseng 氏(株式会社ROOTS 共同代表 ソーシャルデザイン)
熊: 熊澤 洋子 氏(バイオリン奏者)
絹: 絹川 雅則(公成建設株式会社)
      (左:Feilang Tseng 氏  右:熊澤 洋子 氏)

 

絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た元気なまちづくりびとのご紹介や、その活動の最新のエピソードをご紹介しております。いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
さて、本日のゲスト、妙齢のご婦人お二方をお呼びしております。発音が難しいと言いますか、間違ったらごめんなさい。フェイランさん。フェイラン・ツェンさん。
フ: はい、フェイラン・ツェンです(笑)。
絹: 11月の初旬に初対面です。よくわかりません。よくわかりませんがなぜか「出ていただけませんか」と言っちゃったという方です(笑)。そしてもうお一方、フェイランさんのお友達、熊澤洋子さん。
熊: はい。よろしくお願いします。
絹: どうやらバイオリニストらしいということで、お二方をお招きしてお送りいたします。それではほぼ初めて、二度目にお会いするという方々ですので、自己紹介からお願いします。フェイランさん。
フ: はい、改めましてフェイランです。私は元々サンフランシスコという場所で、インダストリアルデザインというお仕事の勉強をして、その後某大手企業で働いた後…。
絹: え、某大手企業って、京都?
フ: はい、京都の健康機器のメーカーで、11年くらいお仕事をさせていただいた後に、そのオムロンで仕事をしながら、京都の京北町という場所で、250年くらいの茅葺の家屋を見つけ、そこに移住をしながら徐々に地域の事業創生とか、イベントづくりというところに携わっていきました。現在はオムロンを卒業させてもらって、コミュニティデザインという名目でお仕事をさせてもらっています。
絹: たぶんそういうことをよく知らずに、でも魅力を感じてしまったのは、たぶんそのコミュニティデザインというキーワードだったと。なんで惹かれたのかは、たぶんそこですね。はい、それでは熊澤洋子さん、自己紹介をお願いします。
熊: はい。先ほどもお話がありましたが、バイオリンを弾いています熊澤洋子と申します。普段はバイオリンの中でもクラシックの演奏ではなくて、ルーマニアとかハンガリーとか東ヨーロッパの地域に根差した民族音楽が大好きで、そういうものを取り上げて演奏する演奏活動や、バイオリンを皆さんに教える講師みたいなこともさせていただいています。
絹: さっきも「意地悪しますね」と言っていたのですが、進行の絹川はよく手を抜きますので、ゲストの方にゲスト同士を他己紹介していただくというコーナーが自然にできてしまっています。さあ、洋子さん、フェイラン・ツェンさんとはいかなる人物ぞ、短く述べよ。
熊: 短く言うと、すごく愛に溢れた彼女です。もう本当に。それからつくりたいものに対して、とても明確にビジョンがあって、それを大事な人、大切な人とつくっていきたいという思いを持っている彼女だと思います。
絹: ありがとうございます。リスナーの皆さん、今の情報で想像を逞しくしてくださいね(笑)。それじゃあ、フェイランさん、洋子さんはいかなる人物ですか?
フ: 洋子ちゃんは本当に、私がデザイナーという領域の中でお仕事をしてきたのとは、また新たな形で想像力があるというか、クリエイティブなミュージシャンです。今までミュージックというものを、ジャンルとか好き嫌いで見ていた自分が恥ずかしくなるくらいなんです。
洋子さんと、旦那さんのきしもとタローさんという笛の演奏家のご夫婦なんですけど、音楽というものを解体していくというか(笑)。音楽というものを理解していく時に、色んな文脈があるんですよね。「ツクル森」というイベントを通してお二人とお仕事をさせて頂いているんですけど、例えばリズムというものが、ダンスとセットとなっているんだなということを改めて感じ入ったり、民族と民族同士の対立があった時に、音楽がどういう風に変化していくのかみたいなこととか、本当に地図の上でも歴史的にも、色んな角度から音というものを、多角的に学ばせてもらっているという感じですね。
絹: ありがとうございます。すごく貴重な情報を。ご主人のきしもとタローさんの話も出てきましたが、ぐいぐいと興味を惹かれます。それではゲスト紹介を終わりまして、大事な番組のタイトル、テーマですが、いただいたテーマが「みんなで作るお祭り“ツクル森”の紹介~京北でスゴイ化学反応が起きてます!」と題してお送りいたします。
実は11月の6日に、“あうる京北”、古い人は京都府立ゼミナールハウスと言った方が通りがいいかもしれません。そのお隣に広大な原っぱがあるのですが、そこで「新しいつながりへのお祭り」と題して“ツクル森”プロジェクトというのでしょうか。イベントがありまして、なぜか引っ張られて、よくわからずに紛れ込みました(笑)。スーツにネクタイで行っているおっさんは唯一1人で、浮いてたと思いますけど、すっごく居心地のいいお祭りで、京北でこんなことが起きているんだということを、今まで知らなくて、たぶん初めてじゃないですよね。3回目?
(“ツクル森”HPより 令和3年11月6日 あうる京北(京都府立ゼミナールハウス)にて)
熊: 4回目ですね。
絹: 私は京都府の色んなエリアに移住ということが起きることがすごく大切だと思っている部分がありますので、大切なところを担っている人たちがこんなに面白くて、楽しいことをやっているというので、「このプロジェクトの中心メンバー、キーマンは誰?教えて」と声を掛けたのが洋子さんです(笑)。
熊: そうです。そうです。はい!(笑)
絹: ということで、そもそも「みんなで作るお祭り“ツクル森”ってなに?」というところから、フェイランさんに口火を切っていただきます。
 

■エピソード1 みんなで作るお祭り“ツクル森”って、なに?

●木材が、マテリアルが、つくる人が集まると、どんなお祭りができる?
フ: 私が11年前に京北町という場所に、京都市内から移住したのですが、その時に里山の知恵みたいなものに触れまして…(笑)。色んな方がいらっしゃるんですよね。京都市内だとあんまり見ないかもしれないんですが、京北だと鹿がすごい出たり、イノシシがすごい出たりとかするんですけど(笑)、それを仕留めるハンターさんみたいな猟師の方がいらっしゃって、そのお肉を使ってジビエ料理を作るよというようなケータリングをされている方がいらっしゃったり、はたまたタローさんと洋子ちゃんのようにミュージシャンとして、京北町という場所に住みながら、ご自身の創作活動をされているような方もいらっしゃる。ミュージシャンだけじゃなくて、絵画を描かれている方もいらっしゃいますし、音楽家さん、陶芸作家さん、クラフト系の方たちですよね。また、京北は木材が豊富な場所なんです。千本丸太町という場所があると思うんですけど、あそこは桂川の上流に当たる京北から千本の丸太がやってきた場所と言われていて、それぐらい京北町は木が豊富なんですね。木材が豊富、マテリアルが豊富、つくる人たちがたくさんいる。そういう人たちが集まった時に、どんなお祭りができるかなというような、ある種、つくる人たちのサロンとか、ギャザリングみたいな感じでスタートしたのがきっかけになります。
絹: 元々つくる人たちの集まり、クラフトマンと言うか、陶芸家も含めてミュージシャンも含めて、そういう人たちがぎゅうっと集まってきたのが第一回だったんですね。
 

●つくる人とローカルの人との交わりでケミストリーが生まれる

フ: そうですね。いわゆるその人たちIターンと呼ばれる新しく住み始めた人たちもいるんですけど、ツクル森には元々のローカルの方たちも参加してくださっていて。
絹: あ、それ大事!
フ: 例えばアイガモ農法をされていて、昔からちゃんとオーガニックをされている方だったり、鮎釣りの名人で、鮎を焼きますよという方だったり。
絹: ごちそうさまでした。一口いただきました。美味しかったです。
熊: 召し上がっていただけたんですね。上桂川が鮎の名産地で本当にたくさんの釣り人の方がいらっしゃるんですけど、地元で名人ですごく良い鮎を釣っておられます。
フ: そういう方たち、ローカルの知恵を引き継いでおられる方たちというのも、非常に創造的で、ゼロから1を生み出すような人たちというのがたくさんおられて、その人たちを交わらせることで、新しいケミストリーが生まれるんじゃないかという、割と実験的につくりだしたところがあるんですけど(笑)。
絹: Iターンで移住してきた人たちだけがやっているのかと思ったら、ちゃんと地元の知恵の伝承者が一緒にやっているというあたりが、「ああ、これやわ」と。ちらっとしか行ってないけど、“ツクル森”のイベントと言うか、お祭りがなぜこんなに居心地がいいのかという空気を、還暦過ぎのおっさんが感じてしまったのは、1つはそこにあったのかもしれない。
    (“ツクル森”HPより抜粋)
 

●“ツクル森”のブースは、美味しくて安全なものばかり…

フ: 最近はSDGSとか言われていて、環境の意識の高い方たちがIターンの中にも多いんですが、別に最近に限ってではなく、地元の人たちはそんなことを言われなくてもやってるよと(笑)。そういう一周回って新しいみたいなところというのが、すごく味わえる場所じゃないかなと思います。ビーガンの方でも楽しめるようなお店もあり、フードのお店だけで30店ほどあります。
絹: 今、さらっとすごいことを聞いたような気がするけど、京北町に30店舗?
熊: いえいえ、“ツクル森”にです。
絹: ああ、“ツクル森”のブースですか。そういえば、食べる物がいっぱいあったわ!
フ: そうなんです。一軒、一軒、こだわりの、とても美味しくて安全なものというのを、気を付けてくださっている方を、できるだけお呼びしているんです。
絹: 皆さん、これ、本当にまだ続きますから、行かれるといいですよ。掛け値なしに楽しい。そして一泊二日じゃなくて、二日間の連続で、テントサイトに泊まり込む親子もいたし、音楽のイベントもあって、洋子さんが演奏するのは聞けなかったけど、メインステージと言うか、メインテントはサーカス小屋みたいなでっかいテントがあって。
         (“ツクル森”HPより抜粋)
 

●今回は「火をつくる」ことから始めました

熊: はい、とんがりテントを今年はステージに立てたんですけど。
絹: ステージの前では子どもたちを集めて、大人たちがサポートして、みんなで火起こし。あんな大きな丸太をくるくる回して、火が付くのかみたいなことを、一生懸命やったはりましたね。
フ: 本当に今回は「火をつくる」というところから始めさせてもらって、あとタローさんと洋子さんが中心になって、世界の音楽会というのをプロデュースしてくださっているんですけど、そこでもただ単にバンドのミュージシャンが前で演奏して聞くということではなくて、できるだけお客さんにツクルという体験をしてもらいたいと思っていて、その辺りをちょっと洋子ちゃんからも説明してもらいたいなと。フォークダンスなんかもやらせてもらっているんですけど。
 
 
           (“ツクル森”HPより抜粋)
 

●「世界の音楽会」のこと~みんなでその瞬間を共有したい

熊: まず「世界の音楽会」というふうに銘打って色々企画しているんですけど、本当に知らないものに出会うって、すごく素敵なことですよね。あのワクワクというのは、私自身もそういうのを経験して今に至っているなと思っていて、そういうのを皆さんにも経験していただきたいという思いがすごくあるんです。
なので1つは全然知らない国の音楽を聴くとか、そういう場に“ツクル森”をしていきたいというのがありますね。あと、ダンスのワークショップ。私は東ヨーロッパの音楽を生演奏で弾いて、その生演奏に合わせてフォークダンスを踊るというスタイルでワークショップをやらせてもらっているんですけど、最初の方でランちゃん(フェイランさんのこと)が言ってくれたように、音楽と踊りはすごく密接なんです。踊ってもらうと音楽がどうしてこのリズムなのかがわかりますし、細かいところを超えて、パッとその国にいる人たちの気持ちがわかったりとか…。フォークダンスはみんなで輪になって手をつなぐんですけど、その時の輪になった感じというんでしょうか、そこがその場を共有しているエネルギーをすごく高めてくれるなと思っていて、そこに音楽が生で奏でられて、みんなでその時間、かけがえのないその瞬間をつくっているというのが、すごく素敵だなと思っているんですね。なのでそこが“ツクル森”の大事なところかなと思っているんです。
絹: “ツクル森”はカタカナでツクルと書いて、木が3つの森なんですけど、今お二方のお話を聞いていますと、ツクルという言葉を非常に大切にされていて、音楽も聴衆と演奏者を分けるのではなく、一緒にツクルみたいな。それもリズムを感じて、自分の体が、背中が、お腹が、どんな風に感じるの?みたいなのを、一緒にダンスまでやっちゃおうと。なんかコンサートというよりも、ワークショップみたいな感じですよね。
フ: そっちがメインですよね。ガムランというインドネシアの音楽も演奏いただいて、お客さんにもはじめての楽器にふれて演奏してもらいました。また子ども達に身近な竹を使って楽器を作ってもらい、演奏会に参加してもらったり…。
 
                      (“ツクル森”HPより抜粋)
絹: 小さい子たちが竹を切っている写真が、ここにある!これですね。
フ: 日本だと楽器を買って、どこかクラスに通って、そこから何年もかけて、ピアノとかね(笑)。なんでも練習してやっと獲得するという感じがあると思うんですけど、“ツクル森”ではすごく身近な物を簡単に演奏というところまで一緒にやれちゃうという…。
絹: エピソード1で際限なくなってしまうんですけど(笑)、実はエピソード2で流していただきたい音源があるんです。そちらへの導入をちょっとお願いできますか。『家守(やもり)の木』という絵本があるんです。素敵なヤツが。
 

■エピソード2 “ツクル森”プロジェクトのこれから

●『家守(やもり)の木』という絵本のこと
熊: この『家守(やもり)の木』は、ランちゃんが文章を書きまして。
フ: 家の守と書いて『家守(やもり)の木』と言うんですけど、先ほどお話した千本丸太町まで木が行っていたよという歴史があるんですけど、その京北町の木を題材にして、小さな杉の小杉くんという子がメインに出てくるんですけど(笑)。京北の色々な事、獣害とかも色々あるんですけど、かわいいお話の中に、そういった課題なども含めて、ほっこりするような絵本になっています。
これを作っていたら、タローさんと洋子さんから…(笑)。
熊: まず先に曲?歌の方だっけ?この『家守の木』の主題歌を作ろうということになりまして、それで歌詞を夫のタローさんが書いて、曲をつくったんです。それをたぶんかけていただけるかと思うんですが(笑)。
 
 

●主題歌です!ここでちょっと流します…

絹: それではこのタイミングで、エンジニアさん、行ってください!
 

山の向こうに光が差したら、
ながめてごらん、
僕らがそこにいるよ。
誰も来ない森で、
さびしかったけれど、
家守の木々たちがそっと教えてくれた。
伸びて、伸びて、伸びて根を伸ばして、
光集めて
伸びて、伸びて、伸びて時を超えて
君を待ってる…

 

絹: ありがとうございました。1番だけですけど、これきっと笛?フルート?たぶんダンナですよね。
熊: はい。そうなんです(笑)。
フ: 京北の子どもたちもね、一生懸命な声で(笑)。
熊: みんなに歌ってもらったんです。
 

●京北とのつながり、皆さんに感じていただきたくて

絹: 今、ほうっとしてますけど、家守の木、その絵本を、というか小冊子をおつくりになったその心について、また少し続けていただけますか。
フ: やっぱり京北町は平安の時代から京都市とつながりがあったので、都に寺社仏閣を建てるために木を送っていたというところがあって、今まで流通が変ったりして、そういったつながりがなくなって、京都市の方たちが「京北って、どこなの?」ということが結構増えているんですけど、この『家守の木』の本を見ることで、私たちの長いつながりというのが感じてもらえたらいいなと思っています。
絹: 「みんなで作るお祭り“ツクル森”」の紹介というタイトルのラジオ番組で、ここまで家守の木の絵本のお話まで。この人たちすごい壮大な事をやっているぜみたいなことが、改めて、なんかスゴ!
本当に30分番組で収まるはずもないような内容です。“ツクル森”のプロジェクトだってもう4回やられて、この先もジモティと言いますか、里山の知恵をずっと伝承してきた人たち、ローカルの人たちとIターンの人たちが良いミックスと言うか、ランさんの言葉で言うと、ケミストリーが起こっているという。この先どうなるんでしょうねえ。楽しみですねえ。
熊: そうですね。ますます豊かになっていくと思います。
フ: こういう連携した創作物というのが、もっともっと増えて行ったらいいなと思っています。
絹: リスナーの皆さん、京北と言うと、なにかすごく保守的で頑固で、なんも変わんねえみたいな、京都市内の人間には変な、間違った思い込みがある部分も少しあると思うのですが、起こっていますよ、変化(笑)。だから本当に行ってほしいなあと思います。
 

●“ツクル森”イベントは続きます 今度はぴゅーんと飛びますよ!

絹: そして告知情報として、これは“ツクル森”の新しい変化を象徴するイベントかもしれません。さきほど教えていただいたのは何でしたっけ。
フ: “ツクル森”は、大きな原っぱをお借りしてつくっているんですけど、二日間のお祭りだけではなく、継続的に色んな方たちにその原っぱを、ツクルフィールドとして使っていってほしいなと思っています。
絹: あのフィールド、アウルの原っぱは、使っていいんですか。
フ: そうなんです。“ツクル森”クラブ的に使っていいよ、という感じになっておりまして(笑)。
絹: 堅苦しい言葉で言うと、指定管理者になっているという、そんな感じ?“ツクル森”チームが管理をまかされているような…。
フ: そこまでカタく考えなくてもいいんですけど(笑)、今回のお話で行くと、「ボウケンノモリ」という会社さんたちと連携しまして、“ツクル森”の原っぱの上空をジップラインでぴゅーんとスーパーマンのように飛べるような、そういうようなものを一緒につくろうというイベントをやらせていただきます。
 
  (Facebook“ツクル森 アート・クラフト・世界の音楽会”より抜粋)
絹: お願いがあります。できれば体重制限を95㎏ぐらいまでに上げておいていただけませんか(笑)?
熊: 大丈夫だと思います。大人も普通に乗れますので。
フ: 3回に分けて行うのですが、1回目はこの放送中にはもう終わっていまして、2回目が1月15日の土曜日にジップラインのログステアというものを行います。丸太カットとか丸太の皮むきとか、丸太の設置とかを行う10時から3時くらいまでのイベントになります。そして2月12日にジップラインを張って飛ぶというようなイベントをやります。ご興味がある方は京都府立ゼミナールハウスの“あうる京北”さん、075-854-0216にお電話いただいて、予約していただけたらなと思っています。
絹: 今日は本当に、お二方、ランさんと洋子さんに来ていただいてよかったです。本当に京北で何かすごく大切なことが起きています。Iターンの方と地元の方とが融合し始めています。ああ、終わり?みんな来てねえ!
両: お願いします!
絹: ということで、この番組は心を建てる公成建設の協力と京都府地域力再生プロジェクトの応援でお送りいたしました。フェイランさん、洋子さん、ありがとうございました。
両: ありがとうございました。
投稿日:2021/12/16
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