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まちづくりチョビット推進室

京都府地域力再生活動
京都三条ラジオ・カフェ(79.7MHz) にて、
『まちづくりチョビット推進室』という番組を下記の予定で放送中です。
放送日時は第3、第4土曜日(15:30~16:00)
(詳細はラジオカフェのページでご確認下さい)
『まちづくりチョビット推進室』は、
「京都市景観・まちづくりセンター」と、平成25年、26年度の間、共同企画で行っておりました。
   
  過去のアーカイブ(第1回~116回)はこちら をご覧下さい。(過去の記事のリンクについては切れている場合があります。ご了承下さい。)
 

最新記事

第120回 ・「京都移住計画」ってご存じですか?Part2~移住を通したまちづくり~

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まちづくり“チョビット”推進室<平成28年5月7日放送>

第113回(2015年9月26日放送)で放送いたしました「京都移住計画ってご存じですか?」の続編として、代表の田村 篤史氏をお招きし、京都への移住とまちづくりの関係についてお話しいただきました。

<出演者>
田: 田村 篤史氏(京都移住計画代表兼求人担当)
絹: 絹川雅則(公成建設株式会社)
藤: アシスタント 藤井 崇(公成建設株式会社 総務部)
20160426ちょびっと2
左から藤井、田村氏

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まちづくりチョビット推進室!
Give me thirty minutes,I will show you the frontline of “まちづくり” and “まちづくり” people in KYOTO.
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絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た元気なまちづくりびとの紹介や、その活動の最新のエピソードをお伝えしております。いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
さて、本日のゲストでありますが、少しかな、かなりかな、私よりもだいぶ若い方ですけれども、変わった方なんです。最近、私が注目して追っかけている方です。京都移住計画、京都に移り住むと書いて、京都移住計画代表の田村篤史さんです。田村さんよろしくお願いします。
田: よろしくお願いします。こんにちは。
絹: こんにちは。そしてサブのアシスタントでわが社から総務部の…。
藤: 公成建設総務部の藤井です。よろしくお願いします。
絹: はい、藤井課長を連れてきました。二人で田村篤史さんをこれから紐解いていけたらいいなと思っております。よろしくお願いします。
本日の番組タイトル、番組のテーマでございますが、「京都移住計画って、ご存じですか?Part2~移住を通したまちづくり~」と題してお送りいたします。さあ、どんな話になりますか。皆さん、ご期待下さい。
■第一章 京都移住計画って、何?
 ●京都移住計画の成り立ち
絹: それでは田村さん、エピソード1から行きます。
各方面で、行政だとか、まちづくりに関わる都市計画研究者だとか、京都府のある部署だとか、特に移住促進センターに関わられる方々は、田村さんたちのこと、京都移住計画のことを注目している人は多いと思われるのですが、一般のリスナーの方はまだご存じない方も多いかもしれません。ですので、そもそも京都移住計画って何?という成り立ちとか、概要から教えていただけませんでしょうか。
田: では、成り立ちの方からお話しさせていただければと思うんですが、2011年の5月に京都移住計画は誕生しました。実は私が東京にいる時につくったのですが、今みたいにしっかりしていなかったので、簡単に言うとサークルみたいな感じでしょうか。いつか京都にUターンしたいとか、移り住もうと思っている人たちが集えるようなコミュニティを東京で始めたのが、最初のきっかけになります。
 ●僕自身、出戻り組です
絹: はあ、元々は東京だったんですか。で、この間のお話では、2012年に田村さんは京都に戻ってきたんでしょ。
田: そうですね。Uターンしたのは2012年です。
絹: インパクトハブ”で田村さんと※江口晋太朗さんという方のトークセッションを聞いていたんですけど、田村さんも元々京都に戻りたいという思いをもっていたんでしたっけ。
田: そうですね。就職は東京だったんですけど、5年以内には戻ってくるつもりで、そもそも出て行きました。
絹: 就職って、さらっと言われたけれども、某リクルートとか、何か人材系のでっかいところにおられたような気がするんですが、間違いですか(笑)。
田: 某リクルートさんではなく(笑)、人材系のベンチャーですね。当時していたのは、企業と人を繋ぐということでして、今、僕がやっていることと、僕の中では近しいという感覚をもっています。地域と人を繋ぐという意味で。
※1984年生まれ
編集者、ジャーナリスト
メディア、ジャーナリズム、ソーシャルイノベーション、参加型市民社会などをテーマに企画プロデュース、執筆活動を行う。
 ●東京の引力
絹: そしてあの時に、シェアハウスの運営も経験したよとか、周りで東京にいる友達で、「いつか帰りたい」と言っている人は多いけれど、「いつか」と言っている限り、「いつか」は来ないんじゃないかとか、危機感とか、ちょっと心配になったよというお話をされましたよね。それほど東京って、引力が強い所なんだって。
田: そうですね。イベントでもよく「引力」という言葉を使わせていただいているんですが、やっぱり人・モノ・情報が集まってくるという意味で、働く人たちもそこに行った方がいいんじゃなかろうかみたいなことが、刷り込まれているわけじゃないけれども、潜在的に気持ちとしてあるというのは、やっぱり大きいのかなという風には思っていますね。
絹: 昔から東京へ行くべえみたいな…。
田: 一旗あげるみたいな感覚が、今もあるのかなと。地方に行っても、やぱり大都市圏で成功をすることが、1つのロールモデルと言うか、ステータスと思われているところは、多いのではないかとは思います。
絹: でも僕がなぜ、京都移住計画という言葉の響きに魅力を感じるのか、自分で考えてみますと、東京へ行くと、あんまり好きじゃないので(ごめんなさい、東京の方…、本当に政治の中心だし、文化の中心だし、ビジネスの中心でもあるかもしれませんが)、しんどいんです。新幹線に乗って、行って帰って来るだけで、何かすごく磨り減るような気がして、私が生物として弱いのかもしれませんが、あのすさまじい通勤だとかに耐えるというのが、ものすごく人間として大変という思い、これはたぶん田村さんと共通するのかなと。
田: そうですね。僕も当時一年目は東京のサラリーマンたるもの、そういうものだという意識があったので、満員電車のラッシュとかは気にはしなかったんですが、でも何か自分のなかで「そうなの?」という心の声みたいなのがあって、それが人間らしさを損なっているような営みでしかないなと思った時に、「みんな好きでそうしてないよね」という違和感が積もり積もっていたところはあるかなと思いますね。
 ●地元に帰りやすい社会にしたい
絹:  そういう意味で、まともな神経の持ち主と言うか、非常に自分の身体の感覚に正直な方なんだなと思いました。それであの時の話に戻りますが、「地元に帰りやすい社会に、俺はしたいんだ」と言ってましたよね。
田:  はい。当時、つくった時、そうなったらいいなというのは、思いとしてありました。
絹:  それで、京都移住計画という、まずはサークルから始められて、色んな情報を集めるのに、ご自身も帰りやすい、そういう状況を周りに作りこむには、どういう条件が揃うとUターン、田村さんの場合は京都に帰りやすいのかなということを、考え始めたんですって?
 ●「居・職・住」というキーワード
田:  はい。そうですね。で、その時に、これもやりながらですけど、じゃあ情報って、具体的にどんな情報なのと思った時に出てきたのが、面白い人、面白い仕事、それから面白いといったら変ですけど住まいと言うか、それを今、言葉を変えて居場所づくりの「居」という言葉と、職業の「職」と、住まいの「住」で「居・職・住」と呼んでいるんです。
絹:  リスナーの皆さん、「ここ、テストに出ます」じゃないですけど(笑)、我々が通常使う「衣・食・住」ということじゃなくて、京都移住計画の田村さんたちが使う「居(居場所の居)・職(職業、仕事)・住(住まう所)」という情報を、田村さん達は丁寧に拾い始めました。
田: たぶんそれぞれの情報を切りだしたものはあると思うんです。仕事情報だけとか、住まいであれば、不動産のサイトがあるとか。でもはたしてそれだけで移り住むということのイメージが具体的にできるかと言うと、たぶん暮らすという部分が抜け落ちているなというのが感覚としてあって、そこに行くとどんな人たちと関わりながら、日々暮らしていくのかとか、どういうコミュニティがあって、そこに関わりを持つのだろうといった情報の方が大事なのではないか。特に京都というのはそういうコミュニティがたくさんあるまちだと思うんです。それが見える方が引力になるのだろうなと思いました。
絹: 京都に帰った時に、居場所がはたしてあるのか、どんなコミュニティがあるのか、コミュニティが見えるようにしてあげたら帰りやすくなるのではないかというところの問題意識でしたね。
■第二章 京都移住茶論(きょうといじゅうさろん)のこと
 ●サロンを始めたきっかけ
絹: そこで面白いことをやっているんですよ、彼らは(笑)。そのための集まり、イベントというのが、確か“京都移住茶論(サロン)”というイベントを、何ヶ月に一回やっていたんでしたっけ。
田: 2ヶ月に一回くらいやっていまして、今まで25~6回くらいでしょうか。
絹: すでに25~6回。と言う事は2年以上?
田: はい、そうですね(笑)。
絹: さあ、ここでは何か起こるんでしょうか。
田: これ、元々やり出したきっかけみたいなものは、最初は本当に情報だけ発信していたんですが、結構無責任なことをしているなと思ったんです。「京都へおいでよ、おいでよ」と言うだけの情報で。もう既に移り住んでいる人たちはいるのに、その人たちが京都を面白がっているかとか、京都の暮らしぶりがどうかということを見ずに「おいでよ」と言うのは、ちょっと違うなと思ったので、まずは移り住んできた人は、何を求めて京都に来たのかということを聞いて行きたいという思いから、最初移住してきた人同士のコミュニティをつくろうということで、スタートしました。
絹: まずは移住済みの人の顔の見えるサークルみたいなものをつくったと。
田: そうですね。
絹: 最初から集まりました?
田: 最初は4人です(笑)。そこから増えていって、今は平均20~30人が来ていただけるようなイベントにはなっています。
 ●こんなメンバーで開いています
絹: 実は先月だったか、先々月だったか忘れてしまいましたが、私、取材におじゃましたんです。田村さんに申し込んだ時に、「私は移住希望者でもありません。移住を検討している者でもありません。京都に生まれ育って50数年生きていますけど、紛れ込んでもええか?」と聞いたら、「いいよ!」と答えてもらって、面白かったあ(笑)。移住を検討して、東京だとか色んな所から来られた人が、約半分?
田: そうですね。だいたい半分から3分の1くらいは…。
絹:  そして移住を済ませた先輩たちが3分の2?2分の1から3分の2くらいのところで、あと異分子として京都市の職員でそういうことに興味のあるまちづくりアドバイザーの天岡さんだっけ、それと京都の建設屋である私という2人が紛れ込んで、なんでかわかりませんが盛り上がりましたね。
田: ありがとうございます。楽しんでいただいて…。
 ●それぞれが住んでいる所自慢をします
絹: もうエピソード2に勝手に流れて入っていってますけど、あの時何が起こったんだっけなあ。
1つ記憶にあるのは、京都と言っても広うござんすと。上京区、中京区、下京区、あるいは長岡京と色んなエリア、亀岡に住んでいる人もいると。それぞれの住んでいるエリア自慢をして、移住希望者に対して、「うちにおいでよ」みたいな(笑)。「ここはこんなにいいとこがあるよ」、例えば「下京区はこんなに素敵な場所だよ」「亀岡、長岡京、向日はこんなエリアで、ここが好き!」みたいなことを言っていらして、それでなんかすごく盛り上がってましたよね。
田:  そうですね。移住を検討する人たちに対して、僕らが「こうだよ」というのが、伝えようがあるようでないなと思っていて、むしろそこにもう既に住まわれている方の生の声ほどリアルなものってないので、それが伝わればいいなと。ただ、「いざ住んでいる所自慢をして」と言っても、パッと出てこない人も多かったりするんですね。でもその問いがあって、自分の住んでいる所とか地域を改めて見直すという機会があって、その人たちがまちに関わる事とかを、ちょっと意識し始めてもらうと、より京都に根付くという意味で、住む意識みたいなものは育まれるのかなと思いますね。
絹: そもそも京都移住計画をどうして田村さんはつくられたのですか、それから移住計画が京都で2年以上に渡って2ヶ月に1回開催されているイベント、京都移住茶論って、どんなことが起こっているんですかという質問に対して、リスナーの皆さん、イメージをもっていただけましたでしょうか。私が不思議だなと思ったり、面白いなと思っている事の一端を今、田村さんに語っていただきましたが、ここでまた、エピソード1に少し戻るのかもしれませんが、京都移住計画のメンバー、どんな人たちがいるのというところをお願いします。
■第三章 京都移住計画の特性
●僕たち中心メンバーのこと
田:   一緒に活動している中心メンバーが、だいたい10名くらいおりまして、先ほどお伝えした「居・職・住」という3つのキーワードと、あとは情報発信とかそういう役割みたいなところで、それぞれ担当と言うか、得意分野を活かしながら、プロジェクトとして進めさせていただいているという感じになります。
絹: 実は田村さんをここにゲストとしてお呼びする数ヶ月前に、岸本千佳さんが来てくださっているんです。その時は京都市の都市計画局の嘱託職員として。その時に、何か変わった方だなと思っていたら、NHKのU29だっけ、フリーランスの不動産業をしている若い女性ということで、全国ネットで流れちゃって、「えっ!」とびっくりしたことがありましたけど、その岸本千佳さんもコアの一人ですね。
田:  そうですね。彼女がまさにその移住計画の中の、いわゆる「移住不動産」と勝手に呼んでいますけど、不動産と人を繋ぐというところで、関わりを持ってくれています。先ほどおっしゃっていただいた変わっているというのは、何かそこで雇用関係にあるわけではなくて、プロジェクトとして一緒に動くというような、そんな感じなんですね。
 ●住んだ、その先にある景色を発信する ― 住
絹: チームを組んで動いていらして、移住計画の方々が住まいということで発信される情報は、物件情報って普通ありがちな物件情報とちょっと違うんですよね。
田: そうですね。間取りがどうかとか、アクセスがどうかということよりも、そこに住むとどういう景色がその先に見えるんだろうとか、そこの暮らしが(住む人によって本当は変わるんですが)、僕らの主観的な目線として、こういう暮らしもありなんじゃないかという提案を含めたような記事が物件のサイトには載っているという感じですね。あとは改修しながら進めるような物件があったり…(笑)。
絹: 改修しながらというのは、セルフビルドで興味のある人はどんどん触って、好きなように料理していいよと。条件的にもそんなに高くないものが多いですね。
田: そうですね。本来、即入居じゃないので、やっぱり家賃的にはその分抑えたような物件もあったりします。
絹: そういう面白いというか、人肌を感じさせる不動産の情報にアクセスする人が結構おられるわけですよね。
田: ニッチではありますが、そういうことを求めてアクセスされるんだと思います。やはり改修しながら住みたいというニーズに応えられる不動産屋さんって、なかなかないですよね。そんなことをしても、めんどくさいので。
 ●企業のストーリーごと発信する ― 職
絹: それとともに、就職という、いわゆるリクナビだとかマイナビだとかの就職サイトとは違う、図らずも今、ニッチとおっしゃいましたが、非常にニッチな就職サイトでもあるわけですよね。
田: そうですね。「居・職・住」の職の部分がまさにそれを担っているわけですけれど。
絹: ちょっと職業のところの概要をちらっと開陳していただけますでしょうか。
田: ウェブサイトの中で求人のページがありまして、京都の中の京都らしい企業、事業の内容、仕事のこだわりとか、そういったストーリーをきちんと追いかけながら、結構骨太な記事なんですが、取材をさせていただいて、発信するというところで、「そういう企業って、いいな」と思ってもらった人と企業を繋ぐという接点づくりをさせていただいているという感じですね。
絹: 何年か前、始めにその話を聞いた時には、実は全然わからなかったんです。「田村さん、何を言っているんだ」と。ところが北区にフラットエージェンシーさんという、非常に先進的な不動産業を営んでいらっしゃる会社があって、その吉田光一会長は、先ごろ御子息に社長業を譲られましたけれども、そこの就職プロセス、人材獲得というのが、京都移住計画さんのサイトを通じて複数名、若い人が入っていらっしゃるそうです。私自身がそのフラットエージェンシーさんがなさっている事を非常に尊敬して注目しておりますので、そのエピソードが若い人に伝わったとしたら、これはうれしいなと。こういう人材獲得の、まさにニッチだけど、面白いやり方があるんだなというのがやっとわかってきたんです。
 ●「会社の人となり」がわかるようなページにしたい
田: ちょっと補足的な話で言うと、フラットさんの会長から御子息に経営をバトンタッチされた際に、我々の記事の社長のインタビューの部分を息子さんに更新するという流れがあったんですけど(まだちょっと僕らがやりたい形になってはいないのですが)、できれば会長の記事も残しながら、息子さんの記事も残すみたいな形にして、その会社の歴史がずっと残り続けるような、そんな記事になっていけばと考えているんです。会長に会ったことがないけれどもという未来の社員が見た時に、その「会社の人となり」がわかるような、そんなページに育っていくといいなということを、最近ちょっと思っています。
絹: ですから京都移住計画のサイトにアクセスするような方は、就職の例えば休みが何日で、初任給がいくらでとか、仕事の内容ももちろん大切ですが、そういう情報よりも、この会社はどういう性格で、どういう上司やどういう先輩がいて、何を生きがいややりがいにしてというエピソード、物語を感じ取ろうという人が多いのかもしれませんね。
田: なるべくそれが出るような取材は心がけております。
絹: どうです?リスナーの皆さん、この辺ユニークだと思われませんか。今、職というところ、それから住というところ、さらに居場所の居と、居・職・住という三つの切り口から、京都移住計画のチーム10名とおっしゃっていましたが、目指そうしているところの一端を切り取ってみました。面白いと私は思っています。
田: ありがとうございます(笑)。
 ●人と企業を繋ぐ、イメージをつくりだす
絹: ここから先は私の妄想レベルで、実現する、しないは別なんですが、私は京都の地元で建設業を営んでおります。ご存じのように建設業というのは、現場一品生産の職種で、お天気にも左右されます。今のところ休みも多くないし、かつては3K「きつい、汚い、危険」と言われた代表選手でありました。それはだいぶ変わってきているんですが、なかなか若い大学生、高校生はわが職種にアクセスしてくださいません。さあ、これをどう打開するか。東京へ、例えば京都の建設屋たちが大挙して行って(笑)、「京都移住サロン」と言って、おっさんらが座っていて店開きしたら、おもろいかなあ、どう思われます(笑)?
田: だいぶインパクトはあると思います。就職希望の人を集めるというところかどうか、今即答はできないんですが、インパクトはあると…。
絹: どうですかね、建設業界でなくてもいいんです。でも本当に色んなまじめにと言うか、面白く地道にやっている中小企業の内容にアクセスできて、「こいつらとなら、働いていいかな」と思えて、そういう人たちが募集に応じてくれるルートが、首都圏、関東圏から京都に開かれることを、何か夢見てしまいますね。
田: どうしてもイメージが先行すると、アクセスしない人が多いなと思うので、そのイメージをどう払拭するかというところで、何か御一緒できる部分があればいいなと思います。
絹: そろそろまとめの時間になりました。何か僕ばかりしゃべっているような気がしますが、アシスタントで来てくれた総務の藤井課長、何か聞きたいこととか、感じたこととかある?
藤: 移住と言うと、昔は田舎に行くとか、そういうイメージがあったんですが、割と都会に行くというか、最近はポジティブなイメージが増えているなというところで、そういうイメージづくりと言うか、京都移住計画もそれの1つなのかなと思いますね。
 ●全国に広がる移住計画
絹: そして京都移住計画だけじゃなくて、例えば佐賀の移住計画とか、かつては6地域に移住計画があったけれども…。
田: 去年の今頃が6地域でした。
絹: 今は15地域に増えていると。しかも全国で同時多発的に動きがあるよと教えてもらいました。九州の連中は「九州変人会議」とか言っているらしい(笑)。これも面白そうやなあ。
田: やっぱり人が引力になるっているのは、大きいと思います。
絹: 「京都変人会議」というのも、十分つくれそうな気がするけど(笑)。
田: 本当にそうですね。京都は面白い人が、たくさんいるので、それこそ絹川さんのラジオに出ているようなユニークな方々を総動員して、やってみるというのも面白い。
絹: 田村さん自身もユニークな人の1人だって、理解しています?
田: (笑)
絹: 東京から京都へ来て、京都のまちのために汗をかいてやろうぜというような若い人、特に30代が結構京都を注目していて、移住したいという流れがあるそうです。そして聞いてみますと、なんと女性比率が65%?
田: はい、女性の方がちょっと多いですね。
絹: 京都の独身者よ、期待できるぜということかもしれません。リスナーの皆さん、冗談めかして言いましたが、是非、京都移住計画、田村さんたち10名の若者たち(30代かな)に、御注目下さい。そしてできれば応援を。「京都移住茶論」というキーワードで検索いただければ、アクセスできると思います。
さあ、そろそろ終わりです。この番組は、心を建てる公成建設の協力と、京都市景観・まちづくりセンターの応援でお送りしました。田村さん、ありがとうございました。
田: ありがとうございました。
投稿日:2016/05/07

第119回 ・「シェアと掃除は、地方移住者が生き抜くための知恵~金なし・コネなし・仕事なしの京都移住」

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まちづくり“チョビット”推進室<平成28年4月16日放送>

町家シェアハウス「お結び庵」の“掃除人”である大森氏をお招きし、京都のシェアハウスの特異点「お結び庵」の運営や、京都に移住後の掃除や片付けを通したつながりについてお話しいただきました。

<出演者>

大:

大森雄貴氏(お結び庵 管理人)

絹:

絹川雅則(公成建設株式会社)

ohmori

 絹川と大森雄貴氏(右側)

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まちづくりチョビット推進室!

Give me thirty minutes,I will show you the frontline of “まちづくり” and “まちづくり” people in KYOTO.

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絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た元気なまちづくりびとの紹介や、その活動の最新のエピソードをご紹介しております。いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
 

■今日のゲストは、とってもお若いです

絹: そして今日のゲストは、非常にお若い方、確かまだ20代、私からしたら息子のような年代の方をお招きしております。
大森雄貴さんです。よろしくお願いします。
大:  よろしくお願いします。
絹: さてさて、大森雄貴さん、初対面からあまり日が経っていないですけど、初めて烏丸鞍馬口付近にあります、能舞台がある大きなお屋敷と言いますか、虚白院?
大: はい、虚白院です。
絹: 皆さま、“Impact Hub Kyoto”という変わった空間をご存知でしょうか。
そちらで初めてお会いしました。大森雄貴さん、どう言ったらいいんでしょう・・・
納豆のように糸をひくと言いますか、またお話が聞きたくて、呼んじゃいました。
大:  ありがとうございます(笑)。
 

■第一章 お掃除人 そもそもの始まり
 ●摩訶不思議な大森さん・・・

絹: それではゲストの紹介、私が少しだけ紹介をさせていただきます。頂いた資料から です。
町家シェアハウス『お結び庵』の掃除人をしていらっしゃる大森雄貴さん。
ご出身は忍者の里、三重県伊賀市生まれ、関西大学を病気のために中退されて、それから心理カウンセラーとして独立の後、大阪で対話の場づくり集団の設立に携わられたというプロフィールをいただきました。
先ほど教えていただいたんですが、その場づくり集団って、『1000人ワールドカフェ@関西』って、言うんですって?
大: はい、『1000人ワールドカフェ@関西』という名前で、2013年の4月から、だいたい僕が関わっていたのは1年間になるんですけど、年間の場づくりの数は50回ほどで、延べ人数は1000人くらいを動員といった活動もさせていただいていました。
絹: ワールドカフェと言っても、わかる人にはわかるし、わからない人にはわからないけれども、私自身はワールドカフェに参加するのが大好きです。
そして「場づくりを行う傍ら、人材系ベンチャー、研修会社を経験した後、京都へ移住。
そして町家シェアハウス『お結び庵』の掃除人となる」と、また変わった経歴ですね。
大: そうですね(笑)。
絹: そして先ほどの、京都に移住された後は、
「“Impact Hub Kyoto”の事務局として、インターンシップ生の受け入れ、Impact Hub Kyoto会員が実施するイベントの運営に従事。
心と身体、両面から快適だと感じられる空間づくりを公私共に行いながら、現在では掃除教育のコンテンツ開発を行う」(笑)。
大: まだまだ途中なんですけど、そうですね(笑)。
自分の趣味が高じたことですけど、何か形にできればいいなとは思っています。
絹:  摩訶不思議な大森雄貴さんではあります。
 

 ●京都移住ということ

絹: さて、ゲストの紹介はここまでにして、追々大森さんを紐解いていきたいと思います。
そして皆様、本日のタイトルですけれども、「シェアと掃除は地方移住者が生き抜くための知恵~金なし・コネなし・仕事なしの京都移住」という感じで参りたいと思います。
移住者としての大森さんに、1つ興味があるんです。
というのは、最近ここにゲストに来てくださった方の中には、京都移住計画という8人組みの若い人がいて、そういう人のお話を聞いていると、「関東圏、首都圏には、結構京都に移住したい層が、京都の人が思うよりもたくさんいますよ」ということを教えてもらいました。
それはだいたい30代くらいで、10年プラスマイナスアルファくらいの、職業体験を持ちながら移住ということを考え始めている人たち。
で、結構女性比率が高いんですっていう・・・。
大: ほう、女性が多いんですね。
絹: 6~7割は女性だと聞きました。
はからずも大森さんが「金なし・コネなし・仕事なしの京都移住」ということで、その「京都移住」というところに何か引っ張られるものがありまして、聞いてみたいなと。
大森さんは、京都に来られる前は大阪におられたと。
大: そうですね。大阪の本町という、本当に大阪のビル街、中心街だったんですけど、そこで住んでいましたね。
 

 ●お結び庵って、どんなところ?

絹: そして京都の移住して来られた先が、先ほどの町家シェアハウスのお結び庵。
これも知る人ぞ知る、非常に濃いシェアハウスで、最近でこそシェアハウスという言葉が市民権を得て、一般的になってきたかもしれませんが、大森さんが初めてこられた頃、まだまだ珍しかったんじゃないでしょうか。そうでもない?
大: そうですね。

そのお結び庵そのものは、京都で一番初めくらいにシェアハウスとか、あるいは住み開き(自分の部屋を一般的に開放して、「誰でも来ていいよ」というような活動)を京都でも一番初めに始めておられた方が、ずっと続けておられたと言うか、その流れがあったシェアハウスという感じですね。

絹: シェアハウス、シェアハウスと言っても広うござんすという感じで、シェアハウスの中でも特異点だったかもしれないですね。
大: そうかもしれないですね。確かに。
絹: リスナーの皆さんのために、シェアハウスお結び庵の一面を、ある日のお結び庵、例えば「こんなことが起こっているよ」というのを紹介していただけますか。
大: はい。今、お結び庵というシェアハウスは、僕も含めて男女6人で共同生活を送っているところです。
絹: あ、今も現役の住人?あ、そうだよね。お掃除人だものね。
大: そうなんですよ、はい(笑)。

普段は1人ひとりに自分専用の部屋が当てられているんですけど、たまに、月に1回くらい住人会議というのを持たせていただいています。
会議と言うと堅苦しいかもしれませんが、住人同士の交流を高めながら、特に「最近こんなことがあったよ」とか、シェアハウスの運営そのもの(例えば家賃の見直しとか)の話し合いを持てる機会を月に1回ご用意させていただいています。
これはもう住人同士が、昔からずっと続けてきた流れを、僕も受け継いでそれを続けているような形ですね。

絹: というと町家シェアハウスお結び庵は、歴史的には古いんですか。
大:   そうですね。
 

 ●お結び庵のルーツ

大: お結び庵という名前に変わったのは、今から数えておよそ4~5年前なんですけど、もともと西海岸という名前の、マンションの一室を開放したコミュニティがあったんです。
その西海岸は学生のコミュニティだったんですけど、その学生コミュニティをつくったメンバーたちが、西海岸というところからお結び庵というところに場所を移しまして、そしてそこから4~5年くらいの流れを経て、今の場所、今のお結び庵という形に落ち着いているんです。
絹: 初代と言うか、お結び庵になる前の前身は西海岸というマンションの一室だったと。
そこを住み開いていた人物、コアなメンバー、イコール嘉村賢州さん・・・。
大: そうですね。これも京都では知る人ぞ知る人かもしれないですね。 
絹: この番組のゲストでだいぶ前に出ていただいたこともありますが、リスナーの皆さんには京都市の総合企画局が事務局になって、7年前に始めた京都市未来まちづくり100人委員会というのを、御存知の方がおられるかもしれません。
第5期の修了式がこの間終わりまして、7年の活動に幕を閉じたのですが、ちょっとここでそちらに脱線してもいいかな?
大: もちろんです! 
 

 ●京都市未来まちづくり100人委員会のこと、そして嘉村賢州さんのこと

絹: 京都市未来まちづくり100人委員会第4期は、住民基本台帳から7000人の人を無作為抽出して、100人委員会に参加しませんかと呼びかけました。
「京都をこうしたい」「自分なら京都にこう貢献できる」とか、なんとか暮らしやすい京都にしたいねという思いのある人100人~110人くらい集めて、毎月、それこそ先ほどのお結び庵の住人会議みたいなことを続けている人たちだったんです。
それの第1期から第3期に嘉村賢州さんが事務局のトップとしておられたということがありました。
嘉村さんからその辺を・・・お結び庵、住み開き、西海岸についてお聞きしたことがあって、ああ、若い人は変わったことをするなと、通算何千人かの人が西海岸を訪れるというか、何かそういうのは学生時代から始めてらした・・・というエピソードを思い出しました。
大: そうなんですよ。まだ彼が京都大学の学生の頃から始めた活動ですね。 
絹: 嘉村賢州さんが始めたところに、現役の住人として、お掃除人としているわけですね。
さあ、「金なし、コネなし、仕事なしの京都移住」の切り札として、お掃除が大森さんにはあるんですが、どうやってそのお掃除でいろんなところに出入りをするようになったのかというのを、代表的なエピソードがあったら教えていただきたいんですが。
 

 ●自分の掃除好きに気が付いて・・・

大: 代表的なエピソードですか・・・。
そうですねえ、まず自分が掃除が好きなんだなと、シェアハウスお結び庵に引っ越してきた時に、初めて気付いたんです。
というのも、元々僕の母親が掃除好きだったんですけど、ただ掃除というのはプライベートなことというか、あまり一般的に「私、掃除が好きなんですよ」なんて言うことじゃないじゃないですか。
ただ、シェアハウスという他人の目も入るような環境で、掃除をやっていると、「あれ、大森君、すごい掃除をしてくれるね」と注目されたり、あるいは「ありがとう、助かったよ」と声を掛けられることが増えたんです。
「あ、これはもしかしたら何か切り札になるんじゃないか」と思い始めたのが最初でしたね。
絹: 6人のシェアハウスでしょ?
だから個室に閉じこもるだけじゃなくて、共用空間、共用リビングみたいな空間もあって、お話を聞くと、掃除が苦手で、整理整頓できない人が色んなものをとっちらかしたりすると、大森さんが期限を切って「知らないよ、片付けちゃうよ」とやっちゃうそうですね。
大:  いや、これは西海岸の時代からずっと続いていたことなんです。
僕がお結び庵に入る前から、ある程度散らかってきたら、期限を切って、ドサッと片付けてしまうというのは、ある意味伝統として行われていたのかもしれないですね。 
絹: 実は私はシェアハウス経験がない、シェアルーム経験がないんですが、最近の若い人はそういうことが当たり前にできる人たちがある一定数はいるのかな?
このことが面白いなと思ったんですが、それとともにそういう住まい方、あるいは先ほど住み開くという言葉を教えていただきましたけれども、自分の家の中に閉じないで、こもってしまわないで、自分のうちの玄関を御近所に住み開いていく。
なんかそういうことが京都を、暮らしやすい、生きやすい都市にするのではないかなという仮説を持っていまして、既に住み開いていらっしゃる方々を訪ね歩いたりしていた時期があるんです。
 

 ●少しずつお掃除に出向くようになって

絹: さらにシェアハウスお掃除人たる大森雄貴さんは、自分のシェアハウスをお掃除するだけには留まらず、外へ掃除を開いていくというか、進出していかれているそうですね。それは依頼が来るんですか?
大:  いえ、もともとは自分が掃除したいからしようというのが、きっかけでした。
というのも、絹川さんに御紹介いただいた「金なし・コネなし・仕事なし」という状態でしたので、やはり京都に移住してきて暮らすためにはどうすればいいんだろうとなった時に、やっぱり自分はこんな形で人のお役に立てるんですよというのを、示していく必要があるのかなと感じたんです。
シェアハウスの掃除、リビングからお風呂から洗面台から、色々掃除していくなかで、「ありがとう」というような言葉を頂けるということがわかって、「これはもしかしたら、他のところでもお役に立てるんじゃないかな」と思ったのがきっかけです。
そしてまた嘉村賢州さんがいらっしゃったNPOの事務所(上京区の518桃李庵(ごいちや・とうりあん)という町家を改装した事務所)にも、まずはやっぱりご縁のあったところに「これから京都でよろしくお願いします」ということで・・・。
本当にちょっとずつご縁のあったところに出向いてはお掃除をしていくという、ただのボランティアがきっかけでした。
絹: ある意味、押しかけボランティアみたいなことをやっているうちに、なんかお掃除人の変なヤツがいるという評判が少しずつ立っていったんでしょうね。
大:  そうですね。「あれ、なんかきれいになってるね」「彼が来たんだよ」みたいな(笑)。 
絹: 「例のお掃除人、頼めないかな」みたいな声が掛かり出した?
大:  そうですね。ちょっとずつ声が掛かり始めて、それがきっかけで京都の烏丸口にある“Impact Hub Kyoto”というところにもご縁があって、徐々にお仕事にも関わり始めたという感じでした。 
絹: リスナーの皆さん、こういう変わった人なんです。
大:  変わった人らしいです(笑)。 
 

■第二章 今時の若いモンは・・・おもろいやん!
 ●お掃除の、次のステップ

絹: でもね、不思議に憎めないと言うか、そうやって色んなところから声がかかって、たぶん困りごとの相談なんかも、彼には入ってくるんじゃないかなとなんとなく思います。
と言いますのは、彼のフェイスブックページなんかで、透けて見えてくるのは、大きなハープ・・・。
後片付けで、お父様か、親戚のおばあちゃんかが残された大きなハープを、「ただ処分するのでは心苦しいから、誰か使ってくださる方のところに届けて」というような、非常に難しい仕事も最近こなしたんですよね
大: そうですね。あのお片付け依頼でまた1つ自分の限界を超えたような気がしました。
絹: お掃除というきっかけから、何か人と人を繋ぐというか、人とモノを繋ぐというところも、手にし始められたような・・・。
大:  そうですね、確かに。やっぱりお掃除をしていくなかで、見えてくるのが、普段自分は使わないけれども、もしかしたら別の誰かのところに渡ったら役立つんじゃないかというものが、余ってきたり、あるいは片付けていくなかで、出てきたりとかというようなことがあると思うんです。
それをそのままゴミとして処分してしまうのはもったいないなあとか、やっぱり思い出のあるものだったら大事にしていただきたいなというところで、今の時代SNSもあったりするので、それで呼びかけて繋いでいくことができたら、その結果、ちょこっとずつ繋げいくことができているのかなという気がしています。 
 

 ●京都の空き家問題の、1つのヒントとして

絹: 京都市の都市計画局の人たちとお話をした時に、京都には空き家が14万戸以上ありますと。これをどうやって活用したり、蘇らせたりするのって、大問題だよね、どうしたらいいのかなという話で、色々知恵を出して頑張っておられる方がおられますけれども、ある意味、大森雄貴さんたち、たちなのかな?まだ1人なのかな?
大: まだ1人です(笑)。
絹: そういう空いているところ、ゴミになっているのを処分したり、お掃除したりする人が仲立ちになってくれてこそ、そういう十何万戸もあるようなところが蘇るのかもしれないなと、ふと思ったりしますね。
大: そうですね、確かに。
 

 ●シェアという人間関係

大: 住み開きの話もあったと思うんですけど、もともと昭和の時代(僕は平成生まれなんですけど)、やっぱり日常的な御近所づきあいとか、放課後帰ってきた子どもたちが一緒になって遊ぶとかいった風景が、まだざらにあったんじゃないかなと思うんですけど、もしかしたら今のシェアハウスというのは、その時代が再び戻ってきているのではないかなと思ったりするところがあります。
他人の目が当たり前に届いていたような人間関係や信頼関係が、もしかしたら今はシェアハウスという形で現れているのかなと思ったり。
絹: シェアと掃除、私より大分と若い年代の方の行動様式のなかに、シェアというものが当たり前に根付いているという気付きがあるんですけど、それは間違っていますかね?
大: シェアというのは広がりつつあるのではないかなと思います。

それこそ今ではSNSなんて当たり前かもしれませんが、要は自分のプライベートなことをどんどん世界中で見られる形で発信しているわけじゃないですか。
こんなことは昔はできなくて、新聞記者さんとか、テレビ番組さん、ラジオさんもそうかもしれないですけど、そういった放送局の専売特許だったはずですけど、それがいまやあっちこっち誰もが発信できる、どんどんシェアは広がっているのかなと感じますね。

絹: 色んな性質のシェア、分け分けするというのが、住まいもそうですし、知恵もそうかもしれないし、モノもそうかもしれないし・・・

大森雄貴さんのお知り合いでImpact Hubにおられた石黒さんでしたか、その方も面白いことをおっしゃっていました。
「御近所晩ごはんというイベントをやっているんです」とおっしゃるので、「なんですか?」と聞いてみると「近所の知り合いのお家に行って、ご飯を作って一緒に食べるんです」と。
ご自身の実家は、1人暮らしの親御さんがおられるけれど遠いので、「その分近所の高齢者のところで、御近所晩ごはんと称して一緒にご飯を食べたりすることが、この頃楽しくって」と。
ええ、不思議だな、でも面白い。
そして同じシェアでもタイムシェアという考え方が、この頃あるのかな。
タイムシェアカフェが、私の知る限り、京都に3つはある。「魔法にかかったロバ」「リバーサイドカフェ」それから「ソーシャルキッチン」。

大:  ああ、ありますね。確かに。
絹: Impact Hubの近所ですよね。
大:  今日もご飯を食べてきました(笑)。 
絹: この現象は何なんだ。
住み開き、シェア、若い人たちの動き、なんか連動している、不思議・・・。
なんかこの人たちの数が増えていくと、空き家がなんとかなるかもしれないという、なんか予感がしてしかたがありません。
どう思われますか。
 

 ●キーになるのは当たり前の人間関係

大: 空き家や、御近所晩ごはんや、お掃除もそうなんですけど、人を家に入れるって、結構抵抗のある方もいらっしゃったりすると思うんです。
そうなった時に、何が必要になってくるか考えた時に、やはり当たり前の人間関係なのかなと思ったりしますね。
例えば毎朝顔を合わせるのなら「おはようございます」と挨拶を交わすであるとか、本当にそういった基本的な人間関係を紡いでいくところから、徐々にお互いに預けあえる、お掃除を預けあったり、あるいは晩ごはん、好きに冷蔵庫を使ってくれていいよというようなことも、ちょこっとずつ言い合えるような、そんな関係をつくっていくことが、何より必要なのではないかと思ったりします。
ただ、「これ必要だからやるよ」と言ったところで、もうそれは押し付けになってしまいますので、そこはお互いのバランスが大事なのかなと思ったりします。
 

 ●最近の若いヤツの、大いなる可能性

絹: リスナーの皆さんにもお聞きしたいんですけど、僕らの若い世代である時期、「新人類」だとか「宇宙人」だとか言って、若い人のことを理解できないと。「今度入ってきた新入生、わかんねえ」とか言っていた時代がありました。
古代から「今時の若い者は・・・」という言葉がパピルスにも書かれていたと聞きますけど、最近は実はそうでもないのかもしれないと思っていて、「最近の若いヤツらはすごい」ということを言っている人がちょこちょこいるんです。
なんか自然発生的に助け合ったり、住み開いたり、シェアしたり、それから安全な食べ物を一緒に作ったりとか、耕作放棄地に入っていったりとか、探していけば若い人で面白い動き、素敵な動きをしている人がいっぱいいらっしゃるなと。で、その中のお掃除というのを介して動き始めているのが大森さんかなと思っているんです。
大:  ああ、ありがとうございます。 
絹: なかなかちゃんと言語化できないけれども、なんとなく面白い、面白いだけじゃなくて、何か期待ができると思います。
リスナーの皆さん、いつにもまして、まとまりのないチョッビット推進室になってしまいましたが、もし興味があれば、大森雄貴さん、アクセスしてみてください。
大: はい、大森雄貴、あと町家シェアハウスお結び庵でも、フェイスブック、ツイッターもやっておりますので、是非そちらもご覧下さい!
絹: そして4月からは、ちょっとカタイ仕事の場も得ると。京都府の職員になっちゃう?
大: はい。なっちゃいます。
京都府庁のNPOパートナーシップセンターというところに、4月1日から就任することになりました。
絹: はい、府民力推進課協働コーディネーターですね。
あそこも面白い人が集まっている場所ですね。
大: そうかもしれないですね。
絹: 皆さん、こういう若い方が20代、30代くらいで京都にはおそらくたくさん動いていらっしゃいます。
是非是非そういう方々の存在に気がついていただきたいと思いますし、タイムシェアカフェだとか、コミュニティレストランだとか、居場所だとか、場づくりだとか、そういうことに関わっている人たち、注目していただければと思います。
我々、年上の者が抱えている問題をひょっとしたら打開してくれるヒントを、意識せずに既に動いている若者が回りにおられるのではないかと思います。
さあ、大森さん、時間になりました。ありがとうございました。
大: ありがとうございました。
絹: この番組は、心を建てる公成建設の協力と、京都市景観・まちづくりセンターの応援でお送りしました。

 

投稿日:2016/04/11

第118回 ・「みっけ隊って!?」

ラジオを開く

まちづくり“チョビット”推進室 <平成28年3月19日(土)放送>

京都市さんがはじめたアプリケーションを利用した取り組み「みっけ隊」について、皆さんに語っていただきました。

<出演者>
藤:藤井 那保子氏  京都市建設局 土木管理部土木管理課 計画調整係長
古:古川 喬朗氏   京都市建設局 土木管理部伏見土木事務所
高:高橋 成和氏   京都市建設局 土木管理部南部土木事務所
眞:眞方 孝浩氏   京都市建設局 南部みどり管理事務所
:絹川 雅則 (公成建設株式会社)

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左から 眞方氏、高橋氏、藤井氏、古川氏

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絹: まちづくりチョビット推進室!
Give me thirty minutes,I will show you the frontline of “まちづくり” and “まちづくり” people in KYOTO.

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絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た元気なまちづくりびとの紹介や、その活動の最新のエピソードをご紹介しております。
いつものように番組のお相手は、当まちづくりチョビット推進室絹川がお送りいたします。
 

■以前、ちょっとだけ話題にのぼったアプリのお話です

絹: さて、本日のゲスト、四方お呼びしております。
まずは、正式に言うと、すごく長い肩書なので、短く言いますと、京都市(皆さん、ご存じの御池城、市役所から)、建設局土木管理課の藤井那保子さん。
藤: よろしくお願いします。
絹: はい、計画調整係長ですね、よろしくお願いします。
それから伏見土木事務所の古川喬朗さん。
古: 伏見土木事務所の古川です。よろしくお願いします。
絹: そして、南部土木事務所からは・・・
高: はい、南部土木事務所の高橋成和です。よろしくお願いします。
絹: そしてもう一方、南部みどりから。
眞: 南部みどり管理事務所の眞方と申します。よろしくお願いいたします。
絹: 眞方孝浩さん。以上、4人のメンツ、京都市からのゲストで今日はお送りいたします。
皆さん、よろしくお願いします。
全: よろしくお願いします。
絹: 今日のテーマ、番組タイトルですけれども、平仮名で「みっけ隊って!?」と題してお送りいたします。
みつけたい、みつけてほしい、そういう思いのもじりかもしれません。
さて、そもそも「みっけ隊」とはなんでしょうか。
そういうところから・・・あれ、前にこれ、一回「みっけ隊」の特集番組をつくりましたかね。
藤: そうですね。
女性技術者のエピソードトークをさせてもらった時に、そういうアプリケーションをつくりますという話をちらっとさせてもらったかな・・・。
絹: そうですね。予告編みたいなことを・・・。ハードリスナーの方なら、覚えていらっしゃるかもしれません。
さて、京都市さんが何やら面白い、新しい取組み、実は色んなところで注目されているのですが、皆さんがお持ちの携帯電話やスマートフォンに入っているアプリケーションを使って、色んな取組みを始められました。
私自身はすごく注目しています。
今日はそのあたりについて、「みっけ隊」というアプリケーションの今後について、皆さんに語っていただきたいと思います。
では藤井那保子さん、エピソード1で、そもそもみっけ隊って、からスタートです。よろしく!
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■第一章 そもそも、みっけ隊って?

 ●「ここ直して!」を投稿するアプリ、誕生

藤: 私たち京都市建設局では、土木施設を維持管理しています。
それを私たちだけではなく、市民の方々にも一緒になって見守っていただきたいというところから、スマートフォンという素晴らしい最新技術を融合して、何かできないかと、スマホのアプリケーションをつくっています。
何ができるかというところですけれども、このアプリをダウンロードしていただくと、何か道路で悪い箇所、穴があいているなどを見つけたときに、スマホから簡単に投稿してもらえるというのが、今回のみっけ隊アプリになるんです。
絹: 実は今、自分の携帯電話のアプリケーションを開いたんです。
これはラジオだから映像は無理ですけど(笑)、かわいいキャラクターさんが出てきて、「柵壊れてる」「市街灯がつかない」「道路に穴ぼこがある」“市民の 皆さんが応援隊となり、美しい京都の安心・安全な暮らしを守るため、道路や公園等の危険箇所を投稿するアプリです”というのがトップページです。
藤: そうです。
 

  ●行政っぽくないアプリにしたい

絹: これがなんで面白いねんというところを話していただきます。
どうですか、高橋さんも、ワークショップとか、これのプログラムの立ち上げにだいぶ古くから関わっておられたんですか。
高: 古くはなくて、今年度からなんですけど、「アプリつくりましょうよ」という話になって、実際どういう内容にしていきましょうかというところからの参加だったのですが、逆にあまり前段の話を知らなかったので、ワークショップも私が参加していたのは、どちらかと言うと市民の皆さんと同じような感覚で、「こんなんした方がいいんちゃうの」「こんなんできた方がいいんちゃうの」というようなスタンスでやらしてもらっていました。
絹: 高橋さんは、今年から?
高: 今年からです。
絹: 藤井さん、この企てはだいぶ古くから起こっていたんですか?
藤: 私が来る前からなので、一番古いのはたぶん彼かなと思うんですけど。
絹: 古川さん?
古: 一期生で取り組んできたんですけど、先ほど絹川さんがおっしゃったように、アプリのデザインとかキャラクターはたくさんあるんですけど、なるべく行政っぽくないデザインにしようということで、キャラクターも職員が考えたオリジナルのキャラクターを使って、なるべくポップでキュートな感じに仕上げようというテーマで作ったんです。
絹: リスナーの皆さん、びっくりしますよ。
京都市のカタい市役所の人ですよ。胸に缶バッジをつけてられます。
そこにかわいらしい京都市のヘルメットを被った坊やが手を広げているという絵が、古川さんの胸にはあります。
そして、何かのワークショップの時のなんちゃってエピソードで、これをデザインしたデザイナーの人が京都市の人で、ごっついおっさんやったって(笑)。
藤: あんまり言えないですけどね(笑)。ちょっとかわいい絵からは・・・(笑)。
 

 ●市民の方々のご意見をいただきながら

絹: 古川さんは、立ち上げの時期から立ち会われて・・・。
古: そうですね。このアプリの開発は、2年前くらいから話は出ていたんですけど、どうしたらいいのかということもあって、やっとできたなという思いが、今はしています。
絹: そしてただいま実証実験が、と言うかワークショップという手続きで、一般の市民の人たちにこれを「興味のある人来て!」と、周知と協力をお願いしたということですね。アプリケーションの基本設計は京都市が・・・。
藤: そうですね。ある程度までは考えましたけど、「どういう機能がほしいですか」というのは、ワークショップでも色々御意見をいただいたかなと思っております。
絹: その一般の市民の御意見のなかで、印象的だったなと覚えておられるのは何でしょうか?
高: やっぱり多かったのが、投稿した後のことを知りたいということでした。
直してくれたのか、まだ調査中なのか、そういったレスポンスをしてほしいという、「透明化」とか「見える化」といったキーワードが非常に印象的でした。
で、今回もれなく組み込まれたアプリが出来上がっていますので(笑)。
 

 ●ワークショップ、てんやわんや

絹: 実は私も興味があったものですから、京都道路建設業協会、道のインフラを支えるものたちの集まりの一員として、オブザーバー参加というのをさせていただいたなかで、ものすごく印象的だったエピソードがあります。
おばちゃんが、たぶん地域の方だと思うんですけど、「私ら、歳とってるし、スマホ持ってへん」と。
藤: ああ、ありましたねえ(笑)。
絹: 「こんなとこ来て何になるの」と、テーブルいきなりちゃぶ台返しという感じで、一瞬みんなシーン(笑)。
それをあわてず、騒がず、ファシリテーターの皆さんと、京都市の皆さんは納得させてしまわれましたね。
藤: ああ、あれは正直、会場の空気がピーンとなりましたけど、私たちの思いとしては、今はスマホでしかできないですけど、スマホを使える人が絶対に周りにもいるので、そういう人としゃべるきっかけにもなるんじゃないかとか、隣のおにいさんとか、そういうのでいわゆる地域の輪というのも広げてもらったらなと思っていたんです。
絹: それも京都市の人が無理やり納得させたんじゃなくて、会場にいる一般市民の若手からその方に「息子さんとかお孫さんとか、そばにいはるやん」と。「その人らに言って、投稿してって、頼まはったらええねん」と。
そしてそれを言うだけじゃなくて、その若い人は、行政に対しては「ちゃんと市民新聞とか、紙メディアとか、インターネットメディアに慣れていない御高齢の方への配慮はどこまでやっているんですか?」と両方向に投げかけられて、「お、さすが!」という、私は感想を持ちました。
それを見事に場を仕切られたのが、藤井那保子さんでした。
高: 私もその時いました(笑)。
藤: もうあの時は「ヤバイ、ヤバイ」と思ってましたけど(笑)。
絹: すごい緊張感だったけれども、シナリオなんか作らなくても、参加者がこうやって意見を出して、京都市さんは「基本設計をやったけど、どうせ色々足らないところのあるアプリケーションやから、教えてよ」というスタンスでつくりこんでおられるという姿勢が、すごく伝わってきましたね。
それで「できることはできる、できないことはできません」て、ものすごく正直に言っておられて(笑)。
 ●実証実験、どうでした?
絹: さて、そういう「道に穴ぼこがあいています」「公園が汚れてます」とか、街灯が切れていたら、土木事務所に「直して」という連絡を一般の市民がしてこられます。それがどうなんでしょう。
古: 2ヵ月弱ほど実証実験を行ったのですが、新しい取組みだったので、うちの上司などもガラケーの世代なので、どういうふうに投稿があって、どういうふうにすればいいのかと、正直毎日バタバタしているなかだったんですが、今、どれくらい投稿があるんですかね。
藤: 今、実証実験を通して、約60件の投稿を公開しています。
絹: ですからまだそんなに一般市民が「我も、我も」と使っている状態ではないけれども・・・。
藤: 徐々に徐々に、広がっていますね。
絹: そこで、南部みどりの眞方さん、ぼやきがあるって?
眞: いやいや、うちも一応、伏見区の公園に関しての実証実験に参加させてもらっていたんですが、実証実験開始前は現場としては、投稿がいっぱい来て、手が回らないのではないかという警戒感が、雰囲気としてあったのですが、実際に蓋を開けてみると、全くと言っていいほど来なくて、すごい肩透かしで、逆に残念やなと。
みんなに使ってほしくて、ほしくてしょうがない。
毎日、毎日、勤務に入ったら、立ち上げてみるのですが、何にも来てない。
がっかりみたいなのが、毎日続いているような感じです。
絹: ちょっと寂しいやないかと。
眞: すっごい寂しいです。是非是非お願いしたいなと思います。
 

 ●一緒に、見守っていきましょう!

絹: リスナーの皆さん、お気づきでしょうか。
まあ、ステレオタイプな見方ですけど、おカタい行政マンというイメージがあるとしたら、嬉々として市民からの投稿を「寂しい」と言って待っている土木事務所やみどり管理事務所の職員がここにおられます。
あれっと、思いませんか?
一般市民が、行政の、例えば土木事務所に電話をするとします。
すると「穴があいているやないか。危ないやないか道路が。自転車がこけて、お年寄りが段差にけつまずいて、こけたらどうするねん」という、これもステレオタイプの市民の陳情と言うか、行動と言うか、文句と言うか、情報提供、我々は今まではすぐ二項対立をイメージしてしまいがちなんですが、このアプリケーションに関しては、どうやらそうではないのかもしれない。
ここに私はすごい興味と期待を感じます。
藤: 一緒にみんなで見守っていこうというところを、市民の方たちにもアプリを通じて伝えられたらなと思っているんですけど。
 

■第二章 みっけ隊の大きな、大きな可能性
 ●あって当たり前、それ、本当でしょうか

絹: 私は建設屋ですから、インフラをメンテしたり、インフラをつくったりする仕事が大部分なんですけど、なぜ僕が、このみっけ隊のアプリケーションを興味を持って見ているかと言いますと、今の、普通のお仕事をしている人たちにとっては、「道があって当たり前」「下水道があって当たり前」「電気が来て当たり前」「ガスが来て当たり前」、全部ちゃんと出来ていて当たり前なんですけど、その当たり前を支える人たちというのが、世の中には一定数必ずいて、特に今、私の目の前に来て下さっているゲストの四方は、そういう部分の建設局の人たちです。
でも本当に当たり前なんだろうかと、思う部分が実はありましてね。
24時間体制で飛び出したりする人たち、台風だとか、暴風雨だとか、すごい雨が降った時に、川にとんで行く人たちが世の中にいるということを、ちょっとわかってもらうために、このアプリケーションというのはすごいいいなと思っているところがあって、大切な私たちの足元を気遣ってくださる土木構造物のファンクラブみたいなものになったら素敵だなと。
 

 ●地域を見る目が高まってきている

古: おっしゃる通りですね。
土木構造物と言うとカタい響きになるんですが、今、土木構造物はもう行政のものだという意識をもっておられる市民の方々が結構おられて、だから「すぐに直してくれ」というところがあると思うんですが、元々はみんなのものなので、どうやったら早く直せるのかなどをみんなで考えてやっていくのが大事なのかなと。
それがこのアプリを使って展開していければという思いがあるんです。
実証実験をうけて、私が面白いなと思ったのは、これまでの電話の要望ですと、自分の家の前をきれいにしてほしいという点的なものが多かったんですが、アプリで投稿されるユーザーの方は、同じユーザーの方でも、いろんな場所から投稿される方が多くて、面的に広がっているというか、地域を見る目が高まってきているのかなという思いは、実証実験を通して思いました。
 

 ●皆さんに喜んでいただける公園にするツールとして

絹: 眞方さん、公園って、どんな風に一般市民の方からお声をいただけたら、うれしいと思われますか。
眞: 想定していますのは、通報ですので「水道の蛇口が壊れていますよ」とか、「遊具がこういうふうに壊れていますよ」という情報がダイレクトに入ってくる。
そうするとこちらもダイレクトに対応して、市民の皆さんが安全に公園を使ってもらえるように、管理していくのが我々の仕事かなと思っています。
でも公園って、木があったり、遊具があったりするんですけど、木は切らなくても切っても大きく変わらないわけです。
たとえば一か月で切るのが、一か月半伸ばしてもとんでもないことにはならないものですから、予算で削られがちな部分もあります。
そういうことも含めて、木が大きくなりすぎていたり、遊具が寿命が来ているのに、引き伸ばし引き伸ばしやっていたりすることがあるので、「こんなに危ないんだ」という部分を、具体的にアプリケーションを通じて、皆さんに共通理解と言うか、「公園古くなりすぎているやないか」というようなことをわかってもらえたらうれしいなという下心のようなものもあるんです。
実際は、できるだけ安全に使って頂けるように対応するためのツールとして、とりあえずは使っていきたいんですが、ゆくゆくは京都市民の皆さんに喜んでいただけるような公園になっていくツールとして活用できたらいいなと思っています。
 

 ●キーワードは「見える化することによる双方向」

絹: 「見える化」それから「キャッチボール」、「双方向」・・・。
眞: 「見える化」することによる「双方向」です。
それからアプリケーションそのものも、まだ使いにくいところもあるかなとも思うんです。
だから投稿が少ないのかなという部分もあるので、そこらへんも含めて育てていく必要もあるのかなと。
市民の皆さんと一緒に、我々の側も育てていく必要があるのかなというところもあって、できるだけ投稿してほしいんです。
でなかったら、使ってもらった感想も聞けないというところで、毎日待っていたんですけど、残念・・・。
ですから試験運用ではなく、実際に運用され始めたら、是非公園の方にも投稿がほしいなと思っているところです。
絹: 熱いラブコールです(笑)。
 

 ●市議会でも話題になっています

絹: さて、市議会って、今開いているんでしたっけ?
藤: はい。今、2月市会ですね。
絹: 市議会の中でもこのアプリケーションはどうやら話題になっているようですね。
藤: そうですね。議員の先生方からも、「みっけ隊、みっけ隊」と、市民権を得たように、その言葉を使って頂いて、見て頂いているということで、「すごい良い取り組みや」と評価いただいています。
絹: でもその市会議員さんの中には「おい、大丈夫か?」と。
声が集まり過ぎて、土木事務所の対応が、ウェイティングリストで逆に怒られるネタを作ってしまったのではないかと言う人はいませんか?
藤: それは確かに事務所の対応を心配していただく声もありまして、それについてはきちんと「見える化」するということで。
ただ単に対応できないということではなく、きちんと優先順位をアプリを通じて説明したりといったことをやっていければなと思っています。
 

 ●コミュニケーションがもっと深まる機能を付加したい

絹: 実証実験の最中に、市民からの投稿に対して、各土木事務所などからの応答メッセージが、アプリケーション上で見られるんですよね。
それがごっつうあったかい文章をみんなが一生懸命書いているという評判があったと聞いたんですけど。
藤: そうなんです。
古川くんとか、伏見でやってもらってますけど、現場からのかなり温かい声を返してもらっているので、それを受けた市民の方は本当に「ありがとう!」って、思われるんじゃないかなと思っていますけど。
古: 現場から「こういうふうに直しました」と返信するんですけど、今のアプリでは「ありがとう」みたいな返しも投稿できないので、それができるようにアプリを改良していって、コミュニケーションがもっと深まるような機能をつくっていけたらと思っているんですけど。
 

 ●みんなで見守り、みんなで管理、わたしたちの公共

絹: いいですねえ。
私、ワークショップを何回か出させていただいた肌感覚で申しますと、メンテナンスゲームと言うんでしょうか。
トランプみたいに、街灯の玉が切れている写真や、ペンペン草がいっぱい生えて、草がボウボウになっている写真、ガードレールがへこんでいるだとか、側溝の蓋が外れかけているだのといった色んな写真を十数種類用意されて、それに仮想通貨で「これくらい予算がかかります」そして「土木事務所全体が持っている予算はこれだけです」「さあ、市民の皆さん、ワークショップ参加者はどう優先順位をつけられますか?」というゲームをみんなでしたんですよね。
そうすると参加者の中から「やっぱり大事なところからやらなきゃ、危ないところからやらなきゃ」「ゴミが落ちてるとか、草や落ち葉とかの掃除は、ひょっとしたら町内会でもやれるんじゃ・・・」みたいな声が自然に出ていて、「うわ!」と思いましたね。
藤: 私も感動したと言いますか、「あ、大丈夫なのかな」と思いましたね。
絹: だからキャッチボールさえできれば、いろんなことが見えて・・・。
年間の土木事務所に対する苦情とか、改善要望が、何千件とおっしゃいましたっけ?
藤: 合計で土木だけで、13,000件の市民要望があるんです。
絹: それのうちの処理率が何%というのもちゃんと行政はつかんでおられて、「申し訳ないけど、全部は無理なんです」と。
「だけどその中で大事なものを選んでおこなうために、私たちは予算付けなどを一生懸命やっているんですけど」と。
「そのためにもアプリで色々大事なところの情報を共有したいんです」という本当のナマの肉声がワークショップでとんでいましたね。
 

 ●是非、アプリをダウンロードしてください!

絹: リスナーの皆さん、いかがでしたでしょうか。
京都市建設局の今日のゲストの四方、それぞれ私にとっては顔の見える行政マン、こういう方々が実は我々の足元を、都市生活、市民生活を支えて下さっています。
できれば皆様もこういう人たちの存在があるということを、何かの折には思い出していただきたいし、それからスマートフォンのアプリケーション、これはすごい可能性を秘めた道具だと思います。
もしご興味を持たれた方は、ダウンロード、あるいは京都市建設局土木管理課、藤井那保子さんたちのチームにご連絡ください。
参加される方が増えれば増えるほど、京都市のインフラは見えるもの、どこが直っていっているのかわかるものに進化するのではないかと思っております。
古: 是非、ダウンロードして使って頂けたらと思いますので。
高: 周りの人にも勧めてもらえますと、ちょっとずつ広がっていくといいです。
絹: ダウンロードって、どうしたらいいですかね。実証実験は放送される頃には終わるんですよね。
高: 本運用は5月です。
絹: 市民新聞だとか、京都市のホームページだとか、みっけ隊というアプリケーションで検索をかけていただいて、是非覗いてみてください。
お願いします!
絹: この番組は、心を建てる公成建設の協力と、京都府地域力再生プロジェクト、そして我らが京都市景観・まちづくりセンターの応援でお送りしました。皆さん、ありがとうございました。
全: ありがとうございました。
投稿日:2016/03/10

第117回 ・木の繋がり~道づくりから製品まで~四万十式作業道 路網整備の技

ラジオを開く

まちづくりチョビット推進室 <平成28年2月20日(土)放送>

絹川が気になって追っかけしているお二方をお招きし、美山で行われている四万十式作業道による路網整備についてお話しいただきました。

<出演者>
小:小関 康嗣氏 NPO法人 美山里山舎代表
今:今西 恵一氏 協栄建設(株) 専務
:絹川 雅則 (公成建設株式会社)

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絹: まちづくりチョビット推進室!
Give me thirty minutes,I will show you the frontline of “まちづくり” and “まちづくり” people in KYOTO.
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絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た京都の元気なまちづくりびとの紹介や、その活動の最新のエピソードをご紹介しております。
いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
■序章 はじめに
絹: さて、本日のゲストで、お二方来ていただいております。
お一人目はNPO法人美山里山舎の代表でいらっしゃる小関康嗣さんです。
小関さん、よろしくお願いします。
小: よろしくお願いします。
絹: そしてお二方目、ご同業の先輩と申し上げます。
協栄建設株式会社の今西恵一専務です。
今: よろしくお願いします。
絹: お二人とも私がずっと気になっている方々で、ある意味追っかけている人かもしれません。
それではいつものように、ゲスト紹介を究極の手抜き技、「他己紹介」にてお送りいたします。
今西さん、小関康嗣さんて、どんな方ですか?短く述べよ。
 

二人の出会い

今: 短く言わせてもらいますと、小関さんはもともとは東京生まれの方で、都会を離れて京都に来られて、そういう話を聞いた時から、かなり異質性の高い人かなと思っていました。
さらに我々がやっている山の道にほれ込んでもらいまして、山の道を展開してもらうなかで「造形」という言葉を非常に発信されたことに魅力を感じまして、そういう方に我々の道を愛してもらえるのが非常に頼もしいと思っております。
絹: はい、短く言うと「変わったおっさんや」という(笑)。
今: そこまでは言えないですけど(笑)。
絹: はい、それでは小関さん、今西さんって、どんな人ですか。
小: 最初にお出会いしたのは、一昨年の12月になるんですけど、専務さんが手がけられている作業道を綾部のほうに見学に行きました。
実際にその道を自分の足で歩いて、今まで見てきた道とまるっきり違う、今この低迷する林業の状態を、もう根本から解決する唯一の策ではないかなと思いまして、美山でも是非この道を導入して、なんとか林を盛り立てていきたいなと思い、お願いをした次第です。
絹: 次は番組タイトルです。
今日の番組タイトル、ゲストの方と打ち合わせをしたんですけど「木の繋がり~道づくりから製品まで~」、そして今日の番組の中心柱は、知っている人は知っている「四万十式作業道 路網整備の技」について。
これについて、小関さんはすごく惚れこまれましたし、今西さんは京都の建設業界にあって、いち早くこの四万十式作業道の路網整備の技を身につけられて、広げていこうとしておられる方です。
 

■第一章 四万十式作業道とは?
 ●安価で耐久性に富んで修理がきく

絹: さて、この二人の出会いが京都の美山で面白いことになっています。
すごいことが起こっています。追々、紐解いて行きたいと思っています。
ではエピソード1、四万十式作業道、でも全ての人がご存知なわけではない。
四万十式作業道って、どんなものでしたか?
今: 四万十式作業道は、四国の田邊 由喜男先生がある程度、パイオニアとして進めておられました。
京都の山の中でもやっぱり道は必要ですし、その道に一番適したのが、この四万十式じゃないかと考え、先生が京都に来られた時にお出会いしまして・・・。
絹: 実は僕もくっついて行って、田邊先生にお会いしたことがあるんですよね。
今: これは確かに今までの土木の道じゃないと。
やはり安価で耐久性に富んで修理がきくということによって、本当に木を容易に出すことができるのかなと。
そこはちょっと自信がなかったんですけど。
この道が好まれるのであれば、土木の今まで持っていた技術は必ず使えるだろうということに着目して、うちの協力会社のオペレーターを弟子入りさせて、それを習得できたということに繋がったわけです。
絹: リスナーの皆さんに申し上げます。
実は今西さん達が京都で、あれは北山杉の現場で、ですかね、府会議員の人も来られて、路網整備のデモンストレーションをなさったことがありましたね。
今: あれは建設業協会が、異業種で参加する業種を探していた時に、私が林業に進出しますということで、手を挙げて、それを発表するような形になったんです。
 

 ●設計図ではなく、現場の材料で、感覚で、つくる

絹: その他、二、三、今西さんの現場におじゃまして、度肝を抜かれたことがいくつかあります。
その1つ。私は、林道、山の中に道を切り開く時に、コンサルさんが描かれた図面が絶対に要るものと思い込んでおりました。
ところが四万十式の方たちは現地で山の肌を見て、オペレーターが感覚で、設計図なしでつくってしまわれます。
そして道幅は幅員が2.5mくらいですか。
今: そうです。だいたい2.5m~3mまでです。
絹: 公共工事で出る林道や路網というのは、それに比べると“でかい”んです。
ですから時間もかかるし、お金もかかる。
それを現地の材料で、非常に少ないメンツで、チェンソーマンとミニユンボ、コンマ2くらいの小さいユンボで、1日で50mくらい道をつくってしまわれる。
そういう技を見せてもらって、常識がひっくり返ってしまったわけです。それが四万十式作業道の一面ですかねえ。小関さんは四万十式の道に出会われたのはいつ頃でした?今西さんに会われた一昨年の12月ですか。
小: はい、それが始めてです。
絹: びっくりされませんでした?
小: びっくりしました。はい。
 

 ●美山里山舎、是非一度行ってみてください

絹: 小関さんはもともと美山里山舎というところに、拠点が完成したのが確か2008年。
僕の小関さんの印象は、すっごい尖がった大工さんと言うか、棟梁と言うか、ほんまもんを目指しておられるというか、何かすごい人やという第一印象がありました。
さっきもおっしゃっていたんですが「大工は山に責任をもたなあかん」みたいな思いが、すごく強い大工さんだいうふうに見て取りました。
小: ありがとうございます。
絹: ただの大工さんではないんですけどね。美山里山舎に、1回行ってみてください。
だって外国のお弟子さんが、日本の大工の棟梁の技を習いに来たり、京大を出た 中園涼子さん(学部は何か忘れましたけど)などは、なんで京大出て、山の中で木を切っとるねんて(笑)。
なんかねえ、すごいんですよ。なかなか表現できませんけど。小関さんにとっての四万十式を、また少しお話いただけませんでしょうか。
 

 ●スイッチバックの利点

小: 実は今日も今西さんにつけていただいた道を使って、材を搬出しておりました。
スイッチバックを多用しておりまして、至る所で短い距離で水も切るなり、スイッチバックがあるがゆえに、長い材も容易に出せます。
絹: スイッチバック。皆さん、専門用語がちょっと出てしまいましたけれど、覚えたはりますか?
小学校の社会の時間、思いだして下さい。
僕らの小さい頃、国鉄で、JRで、スイッチバックをすることで、汽車が山を上ったり下りたりすることができると、親父にならったことがありますが、それで正しいですか?
今: 一回入って、すぐ方向を変える、スイッチを切り替えるわけです。
つまり普通のカーブは大きくターンをするんですが、1つの支点で切り替えができるのが、最大の利点です。
絹: 蛇のようににょろーにょろーと上るのではなく、カクッカクッと、雷さんのようなギザギザで行くと、長い木、材料でも出せると。
小: そうですね。
また、長い材を出せるだけではなくて、そのスイッチバックを支線の起点にすることができるんです。
まず幹線をつくっていただいて、そこからはまた縦横無尽に線を伸ばしていけるので・・・。
絹: あ、そうかあ。追加でそのスイッチバックのところからスタートして、次の道がまたつくれると。
今: そうすると狙っている欲しい木も、そこに取りに行けるという。
絹: 前、教えてもらいましたね。
「たとえば木の高さを25mとして、そしたら50mグリッドと言うか、50m四方の枠の田の字のものができたら、届くやろ」と。
今: 機械施工ができるのでね。
 

 ●道も建築も紙の上で考えていると通用しません

小: 先ほど絹川さんが冒頭におっしゃったように、コンサルの人が設計する道ではないということですけど、コンサルというのは、その現場現場を知らないで設計するわけですから、理にかなってないんですよね。
ただこの四万十式というのは、現場の岩、土質によって、それに最適な道をつけるという点では、ほとんど無駄がないんです。
あらかじめ机上で線を引いたものを、山に通用させるのは無理があるというのを、最近みんなやっと気がついたのではないかと思います。
絹: そのことを教えられた時、ショックを受けましたね。コンサルさんが図面をひいて、その通りやるのが当たり前やという・・・。
今: ところが私はつくるほう、昔は現場監督をやっていましたので、コンサルさんの図面は絵に描いた餅やということで、いかにそれに似たような形でアレンジするかが我々技術者の使命やったから、基本的に小関さんが言っておられる話と似通ったところが、やはりあるんですよね。
小: だからどの業種でもそうなんですけど、設計者と施工者が分かれているということが、建築でも大きな課題で、机上の論者が実際に手足を動かす人の上に立っていること自体が、モノをつくっていく上で最大の障壁になっているということを、身をもって四万十式作業道というのが教えてくれていると思います。
絹: 木造の伝統軸組工法というやつで、昔の棟梁さんがもっとたくさんおられた時は、設計者と施工者は棟梁さんが現場監督であり、設計者でありで全ての指揮棒を振っておられたんですかね。
小: そうですね。
京都で私が「あ、これは」と思う建築は、東寺の五重塔と仁和寺の山門なんですけど、両方とも、設計士とかコンサルとかの人種なく、大工だけで建てています。
だからあれだけの完成度を誇っていると思っています。
道も建築も、紙の上だけ、机の上だけというのは通用しないというのは、みんな薄々時代と共に気がつきだしたのかなと思いますね。
絹: 小関さんが大工の御出身ということで、よけい四万十式の作業道、路網整備の考え方に、「あ!」と響かれたのかもしれませんね。
今: 私ら、土木屋も昔はそういう部分が一番大事で、人間の五感が一番大事なんですよ。
五感を養うことによって、建設業が成り立っていたわけですけど、あの四万十式を見た時に、まさしく昔の感覚が呼び起こされるなということが、非常にわかったのがあの道だったということです。
絹: うちの現場のベテランの所長でも、図面見ても「アカン」と言うて、変えてしまいますものね。
今: そこなんですよ。
理にかなったことをするということを、さっきいみじくも小関さんが言われたように、絵に描いたとおりにしたら間違う可能性が高いということも理解していくことも、今後大事かなということですね。
 

■第二章 美山里山舎のこと
 ●道がつくと人が集まる

絹: さて、小関さんがおられる美山里山舎、住所で言うと何と言えばいいんですか。城山?
小: 私たちがいるのは、美山町の宮島地区というところなんですけど、その宮島地区のシンボル的な存在が城山という、今、四万十式作業道をつけてもらっている地区なんです。
城山という名のごとく、山の頂上にはお城の跡があります。
これもまた、昨日の話なんですけど、極めて保存状態の良い山城で、規模も丹波地域では最大級の大きさなのですが、道がついたことで、竹田城ではないですけど、測量に入ることになりまして。
絹: さっき番組の打ち合わせの時に、小関さんが「道がつくと人が集まる。人が来る」とおっしゃいました。
すごく象徴的なフレーズで、ドキッとしました。
小: 本当に色んな方が集まってきますね。
道って、「剣道」とか「柔道」とか全部道がつきますよね。1つ、何か羅針盤のようなところがあるのかなと思いますね。
絹: 今西さんも僕も建設屋じゃないですか。
だから道と言うと、ドキッと来るし、道で食っている立場でもあるので、道のことをすごく、本来の道を大事に思っているわけです。
今の一般の方々は「あって当たり前」「できてて当たり前」「穴ぼこなくて当たり前」みたいに思っていらっしゃいますけど、そういう美山の宮島地区の城山に道がつくということで、人の流れすら変わる、何か城山の山が元気になる、本来の道の持つパワーと言うか・・・。
小: 道というのは、僕は人体で言うと大動脈だと思います。
だからそこを新たに開通する、それもその地域にとって最適なやり方で開通することによって、人も何もかもが流れて、それが活性化に繋がると思っています。
絹: はい、そして宮島地区の城山に四万十式の路網整備がなされつつあります。
まだ完成形ではないのですか。
今: 第一次は完成しています。
絹: それで木が切りやすくなります。
で、今日も運んできたって、おっしゃっていましたね。
PC30、コンマ2程度のバックホー、そんなに大きいものではありません。それと林内作業車、自ら今日は既に木を運び出してきたよと。
小: はい。
 

 ●四万十式作業道に合う山とは

絹: それじゃあ、今西さん、四万十方式の、比較的小規模に従来型の路網整備よりも安く、少ない人数で、タフにできるという方法、合う山というのはどういう山なんでしょうか。
今: 合う山というのも、自分らがどういう木を出すか、どういう保全の仕方をするかというビジョンをまず立てられないと難しいんですよ。
私らがこの技術ができても「じゃあ、してんか」というレベルではないんです。
「我々はこの山をこうする」という気持ちを持った方が、比較的対応していただきやすいのが四万十式なんです。
絹: なかなか四万十式の各切り口を、効率的に説明するのは難しいなと思いながらおりますが、私個人の肌感覚で言うと、自分の自己責任で語れますので、小関さんの美山を訪れた時のエピソードで覚えているのを1つ、開陳させてくださいね。
 

 ●四万十式、僕なりに説明しますと・・・

絹: 四万十式で今西さんたちがつくられた路網の道、山の中の道、スイッチバック式の道と、そうでない従来式の道と両方歩き比べました。
山を登って、上に上るのに。同じ気象条件です。
雨が降った後、なぜか四万十式の方が水はけがよかった。「え、これなんでなんだろな」という疑問が、1つありました。
不思議だなと。工事の仕方でそういう同じような路網で結果が違うんだと。
それから伐木と言うか、細い木を間伐した後の切り株がすごく上手に「なんちゃってテールアルメ」に(笑)。
土木屋さんにはテールアルメというと、笑っている人がいるかもしれませんが、のり面を保護するのに、現地の材料を余すところなくお使いになる。
そして表層、植生をすごく大事にして、のり面にまた植物が生え揃うということをされている。
本当に四万十の一面しか言えませんが、これだけは僕は肌感覚で感じましたので。
今: それだけ言ってもらえれば、かなり理解していただいていると思います。
絹: ありがとうございます。3回くらい視察に行った甲斐がありました(笑)。
それで美山の山の中に里山舎の道をつけられて、それがたぶん、色んな何重にも波及効果を及ぼしているのではないかと。
この間、おじゃました時に、その道を使ってすごいイベントも来るかもしれないよと、それは言っちゃってもいいんですか。
 

 ●ハイカーやマウンテンバイクの大会を誘致したい

小: はい。できたら多くの人に林業を知ってもらうためにも見ていただくのに、ハイカーとかMTB:マウンテンバイクのライダーを誘致したいなと思っています。
絹: オールジャパンの大会とか。
小: そうですね。ゆくゆくはそんなことができたらうれしいなと思います。
絹: 美山の山の中で、マウンテンバイクが走り回っている。
その道を活用して、間伐や木を切り出したりする自伐林家が生きていける、かつての当たり前の山の中で製材するということにも、小関さんは挑戦されているそうですね。
小: そうですね。来月なんですけど、移動式の製材機が到着しますので、それで自分で切って出した木を製材して、それを用材として建築に生かしていくということを考えています。
絹: リスナーの皆さんは、なぜ私がこういうことに「すごい」と思っているか、ひょっとすると理解していただけないかもしれませんが、かつての当たり前が、ここ数十年の日本では当たり前ではなくなっています。
先ほど、いみじくもコンサルタントが描かれた図面は、机上であって、現場に即さない」と。
日本中でそういうことが、あらゆる職種で起こっているはずです。
ですからそういうところを、本当に人間としての基本的なことを、小関さんと今西さんは、山とか道とか木だとかというところから押さえ直そうとしている人たちのように、私には感じられます。
だからすごいんだと。
今: まあ、すごいかというのはちょっと疑問がありますけど、はい(笑)。
 

 ●今後もさまざまなイベントやります!

絹: 今後、小関さんが美山里山舎で予定されているイベントのようなことはありませんか。
小: MTBのライディングを、作業道を使って行うとか。
絹: 楽しいでしょうねえ。
小: あと、森林ヨガとお灸のイベントが3月にあります。
絹: 美山里山舎のホームページを見てください。
多い時には月に1回くらい、色んなワークショップをやっていらして、「お味噌を作ろうぜ」とか、「醤油をしぼろか」とか、「たまにはジビエの鹿の肉を食わへんか」とか、それから「薪割りしに来い」とか(笑)、「炭焼きの窯つくろう」とか、「炭出ししよう」とか、色んなワークショップがあるし、それから移住促進みたいなことのお手伝いも・・・。
 

 ●そして、人を育てていきたい・・・

小: そうですね。
今回のその四万十式作業道を、今西専務のところから講師をお招きして、定期的に講習会をして、未来のオペレーターに繋がるような人材育成を、今年ずっと続けてきて、来年もまた続けていきたいなと思っています。
絹: 「木の学校」とかもありますね。
そして今西さんも綾部で学校を、人を育てるというところに乗り出されます。
今: 地域の山は地域の人で守っていただきたいということを、いつも言いながら、人材を育成したいと思っています。
絹: 意は尽くせませんが、私が大好きな、と言いますか尊敬している小関棟梁と、協栄建設の今西専務の一端をご紹介させていただきました。
またこのテーマ、追跡したいと思います。
さて、皆さん、いかがだったでしょうか。この番組は、心を建てる公成建設の協力と、京都府地域力再生プロジェクト、そして我らが京都市・景観まちづくりセンターの応援でお送りしました。
小関さん、今西さん、ありがとうございました。
両: ありがとうございました。
絹: ではまた、お目にかかります。失礼します。
投稿日:2016/02/20
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