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第122回 ・「シュッとした京都」~京都府が何やらやらかそうとしています~

東: 東 健二郎氏(京都府 政策企画部長付 副主査)
小: 小川 拓馬氏(京都大学 公共政策大学院)
山: 山岸 将暉氏(京都大学 公共政策大学院)
丹: 丹下 智氏(京都大学 公共政策大学院)
絹: 絹川 雅則(公成建設株式会社)
投稿日:2016/08/16 カテゴリー:まちづくりチョビット推進室

第120回 ・「京都移住計画」ってご存じですか?Part2~移住を通したまちづくり~

まちづくり“チョビット”推進室<平成28年5月7日放送> 第113回(2015年9月26日放送)で放送いたしました「京都移住計画ってご存じですか?」の続編として、代表の田村 篤史氏をお招きし、京都への移住とまちづくりの関係についてお話しいただきました。
投稿日:2016/05/07 カテゴリー:まちづくりチョビット推進室

第119回 ・「シェアと掃除は、地方移住者が生き抜くための知恵~金なし・コネなし・仕事なしの京都移住」

まちづくり“チョビット”推進室<平成28年4月16日放送> 町家シェアハウス「お結び庵」の“掃除人”である大森氏をお招きし、京都のシェアハウスの特異点「お結び庵」の運営や、京都に移住後の掃除や片付けを通したつながりについてお話しいただきました。 <出演者>
大:

大森雄貴氏(お結び庵 管理人)

絹:

絹川雅則(公成建設株式会社)

ohmori

 絹川と大森雄貴氏(右側)

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まちづくりチョビット推進室! Give me thirty minutes,I will show you the frontline of “まちづくり” and “まちづくり” people in KYOTO.
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絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。 この番組は地元京都の建設屋の目から見た元気なまちづくりびとの紹介や、その活動の最新のエピソードをご紹介しております。いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
  ■今日のゲストは、とってもお若いです
絹: そして今日のゲストは、非常にお若い方、確かまだ20代、私からしたら息子のような年代の方をお招きしております。 大森雄貴さんです。よろしくお願いします。
大:  よろしくお願いします。
絹: さてさて、大森雄貴さん、初対面からあまり日が経っていないですけど、初めて烏丸鞍馬口付近にあります、能舞台がある大きなお屋敷と言いますか、虚白院?
大: はい、虚白院です。
絹: 皆さま、“Impact Hub Kyoto”という変わった空間をご存知でしょうか。 そちらで初めてお会いしました。大森雄貴さん、どう言ったらいいんでしょう・・・ 納豆のように糸をひくと言いますか、またお話が聞きたくて、呼んじゃいました。
大:  ありがとうございます(笑)。
  ■第一章 お掃除人 そもそもの始まり  ●摩訶不思議な大森さん・・・
絹: それではゲストの紹介、私が少しだけ紹介をさせていただきます。頂いた資料から です。 町家シェアハウス『お結び庵』の掃除人をしていらっしゃる大森雄貴さん。 ご出身は忍者の里、三重県伊賀市生まれ、関西大学を病気のために中退されて、それから心理カウンセラーとして独立の後、大阪で対話の場づくり集団の設立に携わられたというプロフィールをいただきました。 先ほど教えていただいたんですが、その場づくり集団って、『1000人ワールドカフェ@関西』って、言うんですって?
大: はい、『1000人ワールドカフェ@関西』という名前で、2013年の4月から、だいたい僕が関わっていたのは1年間になるんですけど、年間の場づくりの数は50回ほどで、延べ人数は1000人くらいを動員といった活動もさせていただいていました。
絹: ワールドカフェと言っても、わかる人にはわかるし、わからない人にはわからないけれども、私自身はワールドカフェに参加するのが大好きです。 そして「場づくりを行う傍ら、人材系ベンチャー、研修会社を経験した後、京都へ移住。 そして町家シェアハウス『お結び庵』の掃除人となる」と、また変わった経歴ですね。
大: そうですね(笑)。
絹: そして先ほどの、京都に移住された後は、 「“Impact Hub Kyoto”の事務局として、インターンシップ生の受け入れ、Impact Hub Kyoto会員が実施するイベントの運営に従事。 心と身体、両面から快適だと感じられる空間づくりを公私共に行いながら、現在では掃除教育のコンテンツ開発を行う」(笑)。
大: まだまだ途中なんですけど、そうですね(笑)。 自分の趣味が高じたことですけど、何か形にできればいいなとは思っています。
絹: 摩訶不思議な大森雄貴さんではあります。
   ●京都移住ということ
絹: さて、ゲストの紹介はここまでにして、追々大森さんを紐解いていきたいと思います。 そして皆様、本日のタイトルですけれども、「シェアと掃除は地方移住者が生き抜くための知恵~金なし・コネなし・仕事なしの京都移住」という感じで参りたいと思います。 移住者としての大森さんに、1つ興味があるんです。 というのは、最近ここにゲストに来てくださった方の中には、京都移住計画という8人組みの若い人がいて、そういう人のお話を聞いていると、「関東圏、首都圏には、結構京都に移住したい層が、京都の人が思うよりもたくさんいますよ」ということを教えてもらいました。 それはだいたい30代くらいで、10年プラスマイナスアルファくらいの、職業体験を持ちながら移住ということを考え始めている人たち。 で、結構女性比率が高いんですっていう・・・。
大: ほう、女性が多いんですね。
絹: 6~7割は女性だと聞きました。 はからずも大森さんが「金なし・コネなし・仕事なしの京都移住」ということで、その「京都移住」というところに何か引っ張られるものがありまして、聞いてみたいなと。 大森さんは、京都に来られる前は大阪におられたと。
大: そうですね。大阪の本町という、本当に大阪のビル街、中心街だったんですけど、そこで住んでいましたね。
   ●お結び庵って、どんなところ?
絹: そして京都の移住して来られた先が、先ほどの町家シェアハウスのお結び庵。 これも知る人ぞ知る、非常に濃いシェアハウスで、最近でこそシェアハウスという言葉が市民権を得て、一般的になってきたかもしれませんが、大森さんが初めてこられた頃、まだまだ珍しかったんじゃないでしょうか。そうでもない?
大: そうですね。 そのお結び庵そのものは、京都で一番初めくらいにシェアハウスとか、あるいは住み開き(自分の部屋を一般的に開放して、「誰でも来ていいよ」というような活動)を京都でも一番初めに始めておられた方が、ずっと続けておられたと言うか、その流れがあったシェアハウスという感じですね。
絹: シェアハウス、シェアハウスと言っても広うござんすという感じで、シェアハウスの中でも特異点だったかもしれないですね。
大: そうかもしれないですね。確かに。
絹: リスナーの皆さんのために、シェアハウスお結び庵の一面を、ある日のお結び庵、例えば「こんなことが起こっているよ」というのを紹介していただけますか。
大: はい。今、お結び庵というシェアハウスは、僕も含めて男女6人で共同生活を送っているところです。
絹: あ、今も現役の住人?あ、そうだよね。お掃除人だものね。
大: そうなんですよ、はい(笑)。 普段は1人ひとりに自分専用の部屋が当てられているんですけど、たまに、月に1回くらい住人会議というのを持たせていただいています。 会議と言うと堅苦しいかもしれませんが、住人同士の交流を高めながら、特に「最近こんなことがあったよ」とか、シェアハウスの運営そのもの(例えば家賃の見直しとか)の話し合いを持てる機会を月に1回ご用意させていただいています。 これはもう住人同士が、昔からずっと続けてきた流れを、僕も受け継いでそれを続けているような形ですね。
絹: というと町家シェアハウスお結び庵は、歴史的には古いんですか。
大:   そうですね。
   ●お結び庵のルーツ
大: お結び庵という名前に変わったのは、今から数えておよそ4~5年前なんですけど、もともと西海岸という名前の、マンションの一室を開放したコミュニティがあったんです。 その西海岸は学生のコミュニティだったんですけど、その学生コミュニティをつくったメンバーたちが、西海岸というところからお結び庵というところに場所を移しまして、そしてそこから4~5年くらいの流れを経て、今の場所、今のお結び庵という形に落ち着いているんです。
絹: 初代と言うか、お結び庵になる前の前身は西海岸というマンションの一室だったと。 そこを住み開いていた人物、コアなメンバー、イコール嘉村賢州さん・・・。
大: そうですね。これも京都では知る人ぞ知る人かもしれないですね。 
絹: この番組のゲストでだいぶ前に出ていただいたこともありますが、リスナーの皆さんには京都市の総合企画局が事務局になって、7年前に始めた京都市未来まちづくり100人委員会というのを、御存知の方がおられるかもしれません。 第5期の修了式がこの間終わりまして、7年の活動に幕を閉じたのですが、ちょっとここでそちらに脱線してもいいかな?
大: もちろんです! 
   ●京都市未来まちづくり100人委員会のこと、そして嘉村賢州さんのこと
絹: 京都市未来まちづくり100人委員会第4期は、住民基本台帳から7000人の人を無作為抽出して、100人委員会に参加しませんかと呼びかけました。 「京都をこうしたい」「自分なら京都にこう貢献できる」とか、なんとか暮らしやすい京都にしたいねという思いのある人100人~110人くらい集めて、毎月、それこそ先ほどのお結び庵の住人会議みたいなことを続けている人たちだったんです。 それの第1期から第3期に嘉村賢州さんが事務局のトップとしておられたということがありました。 嘉村さんからその辺を・・・お結び庵、住み開き、西海岸についてお聞きしたことがあって、ああ、若い人は変わったことをするなと、通算何千人かの人が西海岸を訪れるというか、何かそういうのは学生時代から始めてらした・・・というエピソードを思い出しました。
大: そうなんですよ。まだ彼が京都大学の学生の頃から始めた活動ですね。 
絹: 嘉村賢州さんが始めたところに、現役の住人として、お掃除人としているわけですね。 さあ、「金なし、コネなし、仕事なしの京都移住」の切り札として、お掃除が大森さんにはあるんですが、どうやってそのお掃除でいろんなところに出入りをするようになったのかというのを、代表的なエピソードがあったら教えていただきたいんですが。
   ●自分の掃除好きに気が付いて・・・
大: 代表的なエピソードですか・・・。 そうですねえ、まず自分が掃除が好きなんだなと、シェアハウスお結び庵に引っ越してきた時に、初めて気付いたんです。 というのも、元々僕の母親が掃除好きだったんですけど、ただ掃除というのはプライベートなことというか、あまり一般的に「私、掃除が好きなんですよ」なんて言うことじゃないじゃないですか。 ただ、シェアハウスという他人の目も入るような環境で、掃除をやっていると、「あれ、大森君、すごい掃除をしてくれるね」と注目されたり、あるいは「ありがとう、助かったよ」と声を掛けられることが増えたんです。 「あ、これはもしかしたら何か切り札になるんじゃないか」と思い始めたのが最初でしたね。
絹: 6人のシェアハウスでしょ? だから個室に閉じこもるだけじゃなくて、共用空間、共用リビングみたいな空間もあって、お話を聞くと、掃除が苦手で、整理整頓できない人が色んなものをとっちらかしたりすると、大森さんが期限を切って「知らないよ、片付けちゃうよ」とやっちゃうそうですね。
大:  いや、これは西海岸の時代からずっと続いていたことなんです。 僕がお結び庵に入る前から、ある程度散らかってきたら、期限を切って、ドサッと片付けてしまうというのは、ある意味伝統として行われていたのかもしれないですね。 
絹: 実は私はシェアハウス経験がない、シェアルーム経験がないんですが、最近の若い人はそういうことが当たり前にできる人たちがある一定数はいるのかな? このことが面白いなと思ったんですが、それとともにそういう住まい方、あるいは先ほど住み開くという言葉を教えていただきましたけれども、自分の家の中に閉じないで、こもってしまわないで、自分のうちの玄関を御近所に住み開いていく。 なんかそういうことが京都を、暮らしやすい、生きやすい都市にするのではないかなという仮説を持っていまして、既に住み開いていらっしゃる方々を訪ね歩いたりしていた時期があるんです。
   ●少しずつお掃除に出向くようになって
絹: さらにシェアハウスお掃除人たる大森雄貴さんは、自分のシェアハウスをお掃除するだけには留まらず、外へ掃除を開いていくというか、進出していかれているそうですね。それは依頼が来るんですか?
大:  いえ、もともとは自分が掃除したいからしようというのが、きっかけでした。 というのも、絹川さんに御紹介いただいた「金なし・コネなし・仕事なし」という状態でしたので、やはり京都に移住してきて暮らすためにはどうすればいいんだろうとなった時に、やっぱり自分はこんな形で人のお役に立てるんですよというのを、示していく必要があるのかなと感じたんです。 シェアハウスの掃除、リビングからお風呂から洗面台から、色々掃除していくなかで、「ありがとう」というような言葉を頂けるということがわかって、「これはもしかしたら、他のところでもお役に立てるんじゃないかな」と思ったのがきっかけです。 そしてまた嘉村賢州さんがいらっしゃったNPOの事務所(上京区の518桃李庵(ごいちや・とうりあん)という町家を改装した事務所)にも、まずはやっぱりご縁のあったところに「これから京都でよろしくお願いします」ということで・・・。 本当にちょっとずつご縁のあったところに出向いてはお掃除をしていくという、ただのボランティアがきっかけでした。
絹: ある意味、押しかけボランティアみたいなことをやっているうちに、なんかお掃除人の変なヤツがいるという評判が少しずつ立っていったんでしょうね。
大:  そうですね。「あれ、なんかきれいになってるね」「彼が来たんだよ」みたいな(笑)。 
絹: 「例のお掃除人、頼めないかな」みたいな声が掛かり出した?
大:  そうですね。ちょっとずつ声が掛かり始めて、それがきっかけで京都の烏丸口にある“Impact Hub Kyoto”というところにもご縁があって、徐々にお仕事にも関わり始めたという感じでした。 
絹: リスナーの皆さん、こういう変わった人なんです。
大:  変わった人らしいです(笑)。 
  ■第二章 今時の若いモンは・・・おもろいやん!  ●お掃除の、次のステップ
絹: でもね、不思議に憎めないと言うか、そうやって色んなところから声がかかって、たぶん困りごとの相談なんかも、彼には入ってくるんじゃないかなとなんとなく思います。 と言いますのは、彼のフェイスブックページなんかで、透けて見えてくるのは、大きなハープ・・・。 後片付けで、お父様か、親戚のおばあちゃんかが残された大きなハープを、「ただ処分するのでは心苦しいから、誰か使ってくださる方のところに届けて」というような、非常に難しい仕事も最近こなしたんですよね
大: そうですね。あのお片付け依頼でまた1つ自分の限界を超えたような気がしました。
絹: お掃除というきっかけから、何か人と人を繋ぐというか、人とモノを繋ぐというところも、手にし始められたような・・・。
大:  そうですね、確かに。やっぱりお掃除をしていくなかで、見えてくるのが、普段自分は使わないけれども、もしかしたら別の誰かのところに渡ったら役立つんじゃないかというものが、余ってきたり、あるいは片付けていくなかで、出てきたりとかというようなことがあると思うんです。 それをそのままゴミとして処分してしまうのはもったいないなあとか、やっぱり思い出のあるものだったら大事にしていただきたいなというところで、今の時代SNSもあったりするので、それで呼びかけて繋いでいくことができたら、その結果、ちょこっとずつ繋げいくことができているのかなという気がしています。 
   ●京都の空き家問題の、1つのヒントとして
絹: 京都市の都市計画局の人たちとお話をした時に、京都には空き家が14万戸以上ありますと。これをどうやって活用したり、蘇らせたりするのって、大問題だよね、どうしたらいいのかなという話で、色々知恵を出して頑張っておられる方がおられますけれども、ある意味、大森雄貴さんたち、たちなのかな?まだ1人なのかな?
大: まだ1人です(笑)。
絹: そういう空いているところ、ゴミになっているのを処分したり、お掃除したりする人が仲立ちになってくれてこそ、そういう十何万戸もあるようなところが蘇るのかもしれないなと、ふと思ったりしますね。
大: そうですね、確かに。
   ●シェアという人間関係
大: 住み開きの話もあったと思うんですけど、もともと昭和の時代(僕は平成生まれなんですけど)、やっぱり日常的な御近所づきあいとか、放課後帰ってきた子どもたちが一緒になって遊ぶとかいった風景が、まだざらにあったんじゃないかなと思うんですけど、もしかしたら今のシェアハウスというのは、その時代が再び戻ってきているのではないかなと思ったりするところがあります。 他人の目が当たり前に届いていたような人間関係や信頼関係が、もしかしたら今はシェアハウスという形で現れているのかなと思ったり。
絹: シェアと掃除、私より大分と若い年代の方の行動様式のなかに、シェアというものが当たり前に根付いているという気付きがあるんですけど、それは間違っていますかね?
大: シェアというのは広がりつつあるのではないかなと思います。 それこそ今ではSNSなんて当たり前かもしれませんが、要は自分のプライベートなことをどんどん世界中で見られる形で発信しているわけじゃないですか。 こんなことは昔はできなくて、新聞記者さんとか、テレビ番組さん、ラジオさんもそうかもしれないですけど、そういった放送局の専売特許だったはずですけど、それがいまやあっちこっち誰もが発信できる、どんどんシェアは広がっているのかなと感じますね。
絹: 色んな性質のシェア、分け分けするというのが、住まいもそうですし、知恵もそうかもしれないし、モノもそうかもしれないし・・・ 大森雄貴さんのお知り合いでImpact Hubにおられた石黒さんでしたか、その方も面白いことをおっしゃっていました。 「御近所晩ごはんというイベントをやっているんです」とおっしゃるので、「なんですか?」と聞いてみると「近所の知り合いのお家に行って、ご飯を作って一緒に食べるんです」と。 ご自身の実家は、1人暮らしの親御さんがおられるけれど遠いので、「その分近所の高齢者のところで、御近所晩ごはんと称して一緒にご飯を食べたりすることが、この頃楽しくって」と。 ええ、不思議だな、でも面白い。 そして同じシェアでもタイムシェアという考え方が、この頃あるのかな。 タイムシェアカフェが、私の知る限り、京都に3つはある。「魔法にかかったロバ」「リバーサイドカフェ」それから「ソーシャルキッチン」。
大:  ああ、ありますね。確かに。
絹: Impact Hubの近所ですよね。
大:  今日もご飯を食べてきました(笑)。 
絹: この現象は何なんだ。 住み開き、シェア、若い人たちの動き、なんか連動している、不思議・・・。 なんかこの人たちの数が増えていくと、空き家がなんとかなるかもしれないという、なんか予感がしてしかたがありません。 どう思われますか。
   ●キーになるのは当たり前の人間関係
大: 空き家や、御近所晩ごはんや、お掃除もそうなんですけど、人を家に入れるって、結構抵抗のある方もいらっしゃったりすると思うんです。 そうなった時に、何が必要になってくるか考えた時に、やはり当たり前の人間関係なのかなと思ったりしますね。 例えば毎朝顔を合わせるのなら「おはようございます」と挨拶を交わすであるとか、本当にそういった基本的な人間関係を紡いでいくところから、徐々にお互いに預けあえる、お掃除を預けあったり、あるいは晩ごはん、好きに冷蔵庫を使ってくれていいよというようなことも、ちょこっとずつ言い合えるような、そんな関係をつくっていくことが、何より必要なのではないかと思ったりします。 ただ、「これ必要だからやるよ」と言ったところで、もうそれは押し付けになってしまいますので、そこはお互いのバランスが大事なのかなと思ったりします。
   ●最近の若いヤツの、大いなる可能性
絹: リスナーの皆さんにもお聞きしたいんですけど、僕らの若い世代である時期、「新人類」だとか「宇宙人」だとか言って、若い人のことを理解できないと。「今度入ってきた新入生、わかんねえ」とか言っていた時代がありました。 古代から「今時の若い者は・・・」という言葉がパピルスにも書かれていたと聞きますけど、最近は実はそうでもないのかもしれないと思っていて、「最近の若いヤツらはすごい」ということを言っている人がちょこちょこいるんです。 なんか自然発生的に助け合ったり、住み開いたり、シェアしたり、それから安全な食べ物を一緒に作ったりとか、耕作放棄地に入っていったりとか、探していけば若い人で面白い動き、素敵な動きをしている人がいっぱいいらっしゃるなと。で、その中のお掃除というのを介して動き始めているのが大森さんかなと思っているんです。
大:  ああ、ありがとうございます。 
絹: なかなかちゃんと言語化できないけれども、なんとなく面白い、面白いだけじゃなくて、何か期待ができると思います。 リスナーの皆さん、いつにもまして、まとまりのないチョッビット推進室になってしまいましたが、もし興味があれば、大森雄貴さん、アクセスしてみてください。
大: はい、大森雄貴、あと町家シェアハウスお結び庵でも、フェイスブック、ツイッターもやっておりますので、是非そちらもご覧下さい!
絹: そして4月からは、ちょっとカタイ仕事の場も得ると。京都府の職員になっちゃう?
大: はい。なっちゃいます。 京都府庁のNPOパートナーシップセンターというところに、4月1日から就任することになりました。
絹: はい、府民力推進課協働コーディネーターですね。 あそこも面白い人が集まっている場所ですね。
大: そうかもしれないですね。
絹: 皆さん、こういう若い方が20代、30代くらいで京都にはおそらくたくさん動いていらっしゃいます。 是非是非そういう方々の存在に気がついていただきたいと思いますし、タイムシェアカフェだとか、コミュニティレストランだとか、居場所だとか、場づくりだとか、そういうことに関わっている人たち、注目していただければと思います。 我々、年上の者が抱えている問題をひょっとしたら打開してくれるヒントを、意識せずに既に動いている若者が回りにおられるのではないかと思います。 さあ、大森さん、時間になりました。ありがとうございました。
大: ありがとうございました。
絹: この番組は、心を建てる公成建設の協力と、京都市景観・まちづくりセンターの応援でお送りしました。
投稿日:2016/04/11 カテゴリー:まちづくりチョビット推進室

第117回 ・木の繋がり~道づくりから製品まで~四万十式作業道 路網整備の技

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絹: まちづくりチョビット推進室! Give me thirty minutes,I will show you the frontline of “まちづくり” and “まちづくり” people in KYOTO.
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絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。 この番組は地元京都の建設屋の目から見た京都の元気なまちづくりびとの紹介や、その活動の最新のエピソードをご紹介しております。 いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
■序章 はじめに
絹: さて、本日のゲストで、お二方来ていただいております。 お一人目はNPO法人美山里山舎の代表でいらっしゃる小関康嗣さんです。 小関さん、よろしくお願いします。
小: よろしくお願いします。
絹: そしてお二方目、ご同業の先輩と申し上げます。 協栄建設株式会社の今西恵一専務です。
今: よろしくお願いします。
絹: お二人とも私がずっと気になっている方々で、ある意味追っかけている人かもしれません。 それではいつものように、ゲスト紹介を究極の手抜き技、「他己紹介」にてお送りいたします。 今西さん、小関康嗣さんて、どんな方ですか?短く述べよ。
  ●二人の出会い
今: 短く言わせてもらいますと、小関さんはもともとは東京生まれの方で、都会を離れて京都に来られて、そういう話を聞いた時から、かなり異質性の高い人かなと思っていました。 さらに我々がやっている山の道にほれ込んでもらいまして、山の道を展開してもらうなかで「造形」という言葉を非常に発信されたことに魅力を感じまして、そういう方に我々の道を愛してもらえるのが非常に頼もしいと思っております。
絹: はい、短く言うと「変わったおっさんや」という(笑)。
今: そこまでは言えないですけど(笑)。
絹: はい、それでは小関さん、今西さんって、どんな人ですか。
小: 最初にお出会いしたのは、一昨年の12月になるんですけど、専務さんが手がけられている作業道を綾部のほうに見学に行きました。 実際にその道を自分の足で歩いて、今まで見てきた道とまるっきり違う、今この低迷する林業の状態を、もう根本から解決する唯一の策ではないかなと思いまして、美山でも是非この道を導入して、なんとか林を盛り立てていきたいなと思い、お願いをした次第です。
絹: 次は番組タイトルです。 今日の番組タイトル、ゲストの方と打ち合わせをしたんですけど「木の繋がり~道づくりから製品まで~」、そして今日の番組の中心柱は、知っている人は知っている「四万十式作業道 路網整備の技」について。 これについて、小関さんはすごく惚れこまれましたし、今西さんは京都の建設業界にあって、いち早くこの四万十式作業道の路網整備の技を身につけられて、広げていこうとしておられる方です。
  ■第一章 四万十式作業道とは?  ●安価で耐久性に富んで修理がきく
絹: さて、この二人の出会いが京都の美山で面白いことになっています。 すごいことが起こっています。追々、紐解いて行きたいと思っています。 ではエピソード1、四万十式作業道、でも全ての人がご存知なわけではない。 四万十式作業道って、どんなものでしたか?
今: 四万十式作業道は、四国の田邊 由喜男先生がある程度、パイオニアとして進めておられました。 京都の山の中でもやっぱり道は必要ですし、その道に一番適したのが、この四万十式じゃないかと考え、先生が京都に来られた時にお出会いしまして・・・。
絹: 実は僕もくっついて行って、田邊先生にお会いしたことがあるんですよね。
今: これは確かに今までの土木の道じゃないと。 やはり安価で耐久性に富んで修理がきくということによって、本当に木を容易に出すことができるのかなと。 そこはちょっと自信がなかったんですけど。 この道が好まれるのであれば、土木の今まで持っていた技術は必ず使えるだろうということに着目して、うちの協力会社のオペレーターを弟子入りさせて、それを習得できたということに繋がったわけです。
絹: リスナーの皆さんに申し上げます。 実は今西さん達が京都で、あれは北山杉の現場で、ですかね、府会議員の人も来られて、路網整備のデモンストレーションをなさったことがありましたね。
今: あれは建設業協会が、異業種で参加する業種を探していた時に、私が林業に進出しますということで、手を挙げて、それを発表するような形になったんです。
   ●設計図ではなく、現場の材料で、感覚で、つくる
絹: その他、二、三、今西さんの現場におじゃまして、度肝を抜かれたことがいくつかあります。 その1つ。私は、林道、山の中に道を切り開く時に、コンサルさんが描かれた図面が絶対に要るものと思い込んでおりました。 ところが四万十式の方たちは現地で山の肌を見て、オペレーターが感覚で、設計図なしでつくってしまわれます。 そして道幅は幅員が2.5mくらいですか。
今: そうです。だいたい2.5m~3mまでです。
絹: 公共工事で出る林道や路網というのは、それに比べると“でかい”んです。 ですから時間もかかるし、お金もかかる。 それを現地の材料で、非常に少ないメンツで、チェンソーマンとミニユンボ、コンマ2くらいの小さいユンボで、1日で50mくらい道をつくってしまわれる。 そういう技を見せてもらって、常識がひっくり返ってしまったわけです。それが四万十式作業道の一面ですかねえ。小関さんは四万十式の道に出会われたのはいつ頃でした?今西さんに会われた一昨年の12月ですか。
小: はい、それが始めてです。
絹: びっくりされませんでした?
小: びっくりしました。はい。
   ●美山里山舎、是非一度行ってみてください
絹: 小関さんはもともと美山里山舎というところに、拠点が完成したのが確か2008年。 僕の小関さんの印象は、すっごい尖がった大工さんと言うか、棟梁と言うか、ほんまもんを目指しておられるというか、何かすごい人やという第一印象がありました。 さっきもおっしゃっていたんですが「大工は山に責任をもたなあかん」みたいな思いが、すごく強い大工さんだいうふうに見て取りました。
小: ありがとうございます。
絹: ただの大工さんではないんですけどね。美山里山舎に、1回行ってみてください。 だって外国のお弟子さんが、日本の大工の棟梁の技を習いに来たり、京大を出た 中園涼子さん(学部は何か忘れましたけど)などは、なんで京大出て、山の中で木を切っとるねんて(笑)。 なんかねえ、すごいんですよ。なかなか表現できませんけど。小関さんにとっての四万十式を、また少しお話いただけませんでしょうか。
   ●スイッチバックの利点
小: 実は今日も今西さんにつけていただいた道を使って、材を搬出しておりました。 スイッチバックを多用しておりまして、至る所で短い距離で水も切るなり、スイッチバックがあるがゆえに、長い材も容易に出せます。
絹: スイッチバック。皆さん、専門用語がちょっと出てしまいましたけれど、覚えたはりますか? 小学校の社会の時間、思いだして下さい。 僕らの小さい頃、国鉄で、JRで、スイッチバックをすることで、汽車が山を上ったり下りたりすることができると、親父にならったことがありますが、それで正しいですか?
今: 一回入って、すぐ方向を変える、スイッチを切り替えるわけです。 つまり普通のカーブは大きくターンをするんですが、1つの支点で切り替えができるのが、最大の利点です。
絹: 蛇のようににょろーにょろーと上るのではなく、カクッカクッと、雷さんのようなギザギザで行くと、長い木、材料でも出せると。
小: そうですね。 また、長い材を出せるだけではなくて、そのスイッチバックを支線の起点にすることができるんです。 まず幹線をつくっていただいて、そこからはまた縦横無尽に線を伸ばしていけるので・・・。
絹: あ、そうかあ。追加でそのスイッチバックのところからスタートして、次の道がまたつくれると。
今: そうすると狙っている欲しい木も、そこに取りに行けるという。
絹: 前、教えてもらいましたね。 「たとえば木の高さを25mとして、そしたら50mグリッドと言うか、50m四方の枠の田の字のものができたら、届くやろ」と。
今: 機械施工ができるのでね。
   ●道も建築も紙の上で考えていると通用しません
小: 先ほど絹川さんが冒頭におっしゃったように、コンサルの人が設計する道ではないということですけど、コンサルというのは、その現場現場を知らないで設計するわけですから、理にかなってないんですよね。 ただこの四万十式というのは、現場の岩、土質によって、それに最適な道をつけるという点では、ほとんど無駄がないんです。 あらかじめ机上で線を引いたものを、山に通用させるのは無理があるというのを、最近みんなやっと気がついたのではないかと思います。
絹: そのことを教えられた時、ショックを受けましたね。コンサルさんが図面をひいて、その通りやるのが当たり前やという・・・。
今: ところが私はつくるほう、昔は現場監督をやっていましたので、コンサルさんの図面は絵に描いた餅やということで、いかにそれに似たような形でアレンジするかが我々技術者の使命やったから、基本的に小関さんが言っておられる話と似通ったところが、やはりあるんですよね。
小: だからどの業種でもそうなんですけど、設計者と施工者が分かれているということが、建築でも大きな課題で、机上の論者が実際に手足を動かす人の上に立っていること自体が、モノをつくっていく上で最大の障壁になっているということを、身をもって四万十式作業道というのが教えてくれていると思います。
絹: 木造の伝統軸組工法というやつで、昔の棟梁さんがもっとたくさんおられた時は、設計者と施工者は棟梁さんが現場監督であり、設計者でありで全ての指揮棒を振っておられたんですかね。
小: そうですね。 京都で私が「あ、これは」と思う建築は、東寺の五重塔と仁和寺の山門なんですけど、両方とも、設計士とかコンサルとかの人種なく、大工だけで建てています。 だからあれだけの完成度を誇っていると思っています。 道も建築も、紙の上だけ、机の上だけというのは通用しないというのは、みんな薄々時代と共に気がつきだしたのかなと思いますね。
絹: 小関さんが大工の御出身ということで、よけい四万十式の作業道、路網整備の考え方に、「あ!」と響かれたのかもしれませんね。
今: 私ら、土木屋も昔はそういう部分が一番大事で、人間の五感が一番大事なんですよ。 五感を養うことによって、建設業が成り立っていたわけですけど、あの四万十式を見た時に、まさしく昔の感覚が呼び起こされるなということが、非常にわかったのがあの道だったということです。
絹: うちの現場のベテランの所長でも、図面見ても「アカン」と言うて、変えてしまいますものね。
今: そこなんですよ。 理にかなったことをするということを、さっきいみじくも小関さんが言われたように、絵に描いたとおりにしたら間違う可能性が高いということも理解していくことも、今後大事かなということですね。
  ■第二章 美山里山舎のこと  ●道がつくと人が集まる
絹: さて、小関さんがおられる美山里山舎、住所で言うと何と言えばいいんですか。城山?
小: 私たちがいるのは、美山町の宮島地区というところなんですけど、その宮島地区のシンボル的な存在が城山という、今、四万十式作業道をつけてもらっている地区なんです。 城山という名のごとく、山の頂上にはお城の跡があります。 これもまた、昨日の話なんですけど、極めて保存状態の良い山城で、規模も丹波地域では最大級の大きさなのですが、道がついたことで、竹田城ではないですけど、測量に入ることになりまして。
絹: さっき番組の打ち合わせの時に、小関さんが「道がつくと人が集まる。人が来る」とおっしゃいました。 すごく象徴的なフレーズで、ドキッとしました。
小: 本当に色んな方が集まってきますね。 道って、「剣道」とか「柔道」とか全部道がつきますよね。1つ、何か羅針盤のようなところがあるのかなと思いますね。
絹: 今西さんも僕も建設屋じゃないですか。 だから道と言うと、ドキッと来るし、道で食っている立場でもあるので、道のことをすごく、本来の道を大事に思っているわけです。 今の一般の方々は「あって当たり前」「できてて当たり前」「穴ぼこなくて当たり前」みたいに思っていらっしゃいますけど、そういう美山の宮島地区の城山に道がつくということで、人の流れすら変わる、何か城山の山が元気になる、本来の道の持つパワーと言うか・・・。
小: 道というのは、僕は人体で言うと大動脈だと思います。 だからそこを新たに開通する、それもその地域にとって最適なやり方で開通することによって、人も何もかもが流れて、それが活性化に繋がると思っています。
絹: はい、そして宮島地区の城山に四万十式の路網整備がなされつつあります。 まだ完成形ではないのですか。
今: 第一次は完成しています。
絹: それで木が切りやすくなります。 で、今日も運んできたって、おっしゃっていましたね。 PC30、コンマ2程度のバックホー、そんなに大きいものではありません。それと林内作業車、自ら今日は既に木を運び出してきたよと。
小: はい。
   ●四万十式作業道に合う山とは
絹: それじゃあ、今西さん、四万十方式の、比較的小規模に従来型の路網整備よりも安く、少ない人数で、タフにできるという方法、合う山というのはどういう山なんでしょうか。
今: 合う山というのも、自分らがどういう木を出すか、どういう保全の仕方をするかというビジョンをまず立てられないと難しいんですよ。 私らがこの技術ができても「じゃあ、してんか」というレベルではないんです。 「我々はこの山をこうする」という気持ちを持った方が、比較的対応していただきやすいのが四万十式なんです。
絹: なかなか四万十式の各切り口を、効率的に説明するのは難しいなと思いながらおりますが、私個人の肌感覚で言うと、自分の自己責任で語れますので、小関さんの美山を訪れた時のエピソードで覚えているのを1つ、開陳させてくださいね。
   ●四万十式、僕なりに説明しますと・・・
絹: 四万十式で今西さんたちがつくられた路網の道、山の中の道、スイッチバック式の道と、そうでない従来式の道と両方歩き比べました。 山を登って、上に上るのに。同じ気象条件です。 雨が降った後、なぜか四万十式の方が水はけがよかった。「え、これなんでなんだろな」という疑問が、1つありました。 不思議だなと。工事の仕方でそういう同じような路網で結果が違うんだと。 それから伐木と言うか、細い木を間伐した後の切り株がすごく上手に「なんちゃってテールアルメ」に(笑)。 土木屋さんにはテールアルメというと、笑っている人がいるかもしれませんが、のり面を保護するのに、現地の材料を余すところなくお使いになる。 そして表層、植生をすごく大事にして、のり面にまた植物が生え揃うということをされている。 本当に四万十の一面しか言えませんが、これだけは僕は肌感覚で感じましたので。
今: それだけ言ってもらえれば、かなり理解していただいていると思います。
絹: ありがとうございます。3回くらい視察に行った甲斐がありました(笑)。 それで美山の山の中に里山舎の道をつけられて、それがたぶん、色んな何重にも波及効果を及ぼしているのではないかと。 この間、おじゃました時に、その道を使ってすごいイベントも来るかもしれないよと、それは言っちゃってもいいんですか。
   ●ハイカーやマウンテンバイクの大会を誘致したい
小: はい。できたら多くの人に林業を知ってもらうためにも見ていただくのに、ハイカーとかMTB:マウンテンバイクのライダーを誘致したいなと思っています。
絹: オールジャパンの大会とか。
小: そうですね。ゆくゆくはそんなことができたらうれしいなと思います。
絹: 美山の山の中で、マウンテンバイクが走り回っている。 その道を活用して、間伐や木を切り出したりする自伐林家が生きていける、かつての当たり前の山の中で製材するということにも、小関さんは挑戦されているそうですね。
小: そうですね。来月なんですけど、移動式の製材機が到着しますので、それで自分で切って出した木を製材して、それを用材として建築に生かしていくということを考えています。
絹: リスナーの皆さんは、なぜ私がこういうことに「すごい」と思っているか、ひょっとすると理解していただけないかもしれませんが、かつての当たり前が、ここ数十年の日本では当たり前ではなくなっています。 先ほど、いみじくもコンサルタントが描かれた図面は、机上であって、現場に即さない」と。 日本中でそういうことが、あらゆる職種で起こっているはずです。 ですからそういうところを、本当に人間としての基本的なことを、小関さんと今西さんは、山とか道とか木だとかというところから押さえ直そうとしている人たちのように、私には感じられます。 だからすごいんだと。
今: まあ、すごいかというのはちょっと疑問がありますけど、はい(笑)。
   ●今後もさまざまなイベントやります!
絹: 今後、小関さんが美山里山舎で予定されているイベントのようなことはありませんか。
小: MTBのライディングを、作業道を使って行うとか。
絹: 楽しいでしょうねえ。
小: あと、森林ヨガとお灸のイベントが3月にあります。
絹: 美山里山舎のホームページを見てください。 多い時には月に1回くらい、色んなワークショップをやっていらして、「お味噌を作ろうぜ」とか、「醤油をしぼろか」とか、「たまにはジビエの鹿の肉を食わへんか」とか、それから「薪割りしに来い」とか(笑)、「炭焼きの窯つくろう」とか、「炭出ししよう」とか、色んなワークショップがあるし、それから移住促進みたいなことのお手伝いも・・・。
   ●そして、人を育てていきたい・・・
小: そうですね。 今回のその四万十式作業道を、今西専務のところから講師をお招きして、定期的に講習会をして、未来のオペレーターに繋がるような人材育成を、今年ずっと続けてきて、来年もまた続けていきたいなと思っています。
絹: 「木の学校」とかもありますね。 そして今西さんも綾部で学校を、人を育てるというところに乗り出されます。
今: 地域の山は地域の人で守っていただきたいということを、いつも言いながら、人材を育成したいと思っています。
絹: 意は尽くせませんが、私が大好きな、と言いますか尊敬している小関棟梁と、協栄建設の今西専務の一端をご紹介させていただきました。 またこのテーマ、追跡したいと思います。 さて、皆さん、いかがだったでしょうか。この番組は、心を建てる公成建設の協力と、京都府地域力再生プロジェクト、そして我らが京都市・景観まちづくりセンターの応援でお送りしました。 小関さん、今西さん、ありがとうございました。
両: ありがとうございました。
絹: ではまた、お目にかかります。失礼します。
投稿日:2016/02/20 カテゴリー:まちづくりチョビット推進室